中小企業M&Aとは?売却までの流れ・メリットと事例や手法を解説!

中小企業M&Aとは、名前の通り中小企業同士のM&Aです。売却側は後継者不足や市場の変化への対応が難しいといった課題を抱えていて、買収側には事業拡大やシナジー効果への期待があります。需給が一致したら、M&Aが成立するという流れです。

目次

  1. 中小企業のM&A
  2. 中小企業経営者がM&Aを行う代表的な目的
  3. 中小企業のM&Aで用いられる手法・スキーム
  4. 中小企業がM&Aを行う際の留意点
  5. 中小企業のM&Aに向けた準備
  6. 中小企業におけるM&Aの手続き・流れ(売却側)
  7. 中小企業M&Aを成功させるためのポイント
  8. 中小企業がM&Aを行う際の相談先
  9. 中小企業によるM&A事例
  10. 中小企業のM&Aに関するまとめ

中小企業のM&A

日本の企業の大半は中小企業です。そのため、M&Aと言えば中小企業のM&Aの方が一般的です。大企業のM&Aの方がメディアで大々的に取り上げられるので目立ちますが、その裏では日々多くの中小企業がM&Aを実施しています。

では、そもそもどのような企業が中小企業に該当し、中小企業のM&Aはどのくらいの推移で行こうしているのでしょうか。

法律上の中小企業の定義

中小企業の定義を定めている法律には、法人税法と中小企業基本法があります。まず法人税法上は、資本金1億円以下の企業は中小企業とされます。次に中小企業基本法上は、業界によって中小企業の条件が異なります。具体的には以下のようになっています。

業種区分

中小企業の条件

製造業その他

資本金3億円以下又は従業員数300人以下

卸売業

資本金1億円以下又は従業員数100人以下

小売業

資本金5,000万円以下又は従業員数50人以下

サービス業

資本金5,000万円以下又は従業員数100人以下

業種によって条件が大きく異なることが分かります。製造業などは資本金も必要人員も規模が大きいため、中小企業の範囲が広いです。一方で小売業などは小規模から始めやすく、実際小規模事業者も多いです。そのため、中小企業の範囲は狭めに設定されています。

中小企業M&Aの現状

中小企業のM&A件数は増加傾向にあります。ただしM&Aの需要に対して成功数が追い付いていないのが現状です。つまりM&Aの需要は増えていてM&A件数も伸びているのですが、同時にM&Aがうまくいかずに廃業してしまう中小企業も急増しているということです。M&Aの需要が急増している理由は複数ありますが、もっとも大きな理由は経営者の高齢化でしょう。

中小企業によるM&Aの推移

M&A件数の推移には複数のデータがあります。

とあるデータによると、2019年には4,000件を超えました。2020年は新型コロナウイルスの影響で減少しましたが、依然高い水準をキープしています。また事業引継ぎ支援センターの相談社数と成約件数も同様に右肩上がりに推移しています。

2011年時点では相談者数も成約件数も0件でしたが、2019年には相談件数11,514件、製薬件数は1,176件となりました。

中小企業M&Aの課題

帝国データバンクの資料によると、2025年までに70歳を超える経営者の中小企業、小規模事業者の数は約245万人となります。そしてそのうちの約半数の127万人が後継者未定です。現状のまま後継者未定であれば、2025年までの累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性があります。

M&Aの需要は伸びていて件数も増えていますが、需要に対してM&A件数は追い付いていません。M&Aが進まない理由として、M&Aに対するネガティブな印象が挙げられます。

東京商工会議所の「事業承継の実態に関するアンケート調査」では、6割以上がM&Aは良い手段だとは思わない、またはよくわならないと回答しています。つまり経営者の意識を変えていくことができればM&Aが進み、後継者未定問題を解消できる可能性があるということです。

中小企業経営者がM&Aを行う代表的な目的

中小企業がM&Aを行う理由は複数あります。上でご説明した通り後継者問題がもっとも大きいのですが、それだけではありません。

①後継者問題の解決

中小企業の経営者の高齢化が進み、結果的に後継者不足問題を抱えているということでした。M&Aを行えばお金と引き換えに会社を渡すことになるので、後継者問題は解決できます。

後継者がいないため廃業してしまう事例も多々ありますが、廃業すると当然働いている従業員は解雇されることになります。資金の確保や思い入れのある会社を継続させたいというだけでなく、従業員の雇用を守るためにM&Aを実施し、外部の大きな企業などに引き渡すことが多いでしょう。

②事業の継続性が怪しい

市場の急速な変化により、事業の継続が難しくなるケースが多々あります。事業の継続性が怪しい状態で継続すると、資産が減少し、負債が拡大していく可能性が高いです。そうなると当然M&Aによる売却金額も減っていきます。会社の価値が下がっているからです。

こういった状況になる前に、早めにM&Aによって売却してしまうのも一つの選択肢です。M&Aには時間がかかるので、売却金額が下がってしまう前に決断することも重要でしょう。

③廃業・清算の回避

業績不振によって会社が停滞すると、会社を廃業して清算という選択肢が現実的になってきます。しかし、廃業と清算は避けたいと考える経営者も多いでしょう。M&Aによって会社や事業を売却すれば廃業、清算を回避できます。

また倒産と廃業が混同されることがありますが、倒産は会社が経営破綻することで、廃業は自ら事業をたたむことです。清算は廃業などの際に会社の資産と負債が残るので、これらを処理することです。

④引退後の生活資金の確保(売却利益の獲得)

売却利益を獲得して引退後の生活資金を確保するために、M&Aによって売却するケースも多いです。廃業などの選択肢もありますが、廃業の場合は従業員への退職金の支払いなどがあり、また清算した結果手元にほとんどお金が残らないことも考えられます。

一方で、M&Aによる売却では売却資金が手元に入ってきます。売却資金を生活費に充てることや、新たな事業の運転資金などとすることが可能です。

⑤個人保証の解除

中小企業は一般的に会社の借入に対して経営者が個人保証をしています。つまり、経営者は会社の連帯保証人になっているということです。個人保証をしていると、会社の負債が膨らんだ際に財産が取り立ての対象になります。

M&Aによって会社を売却すればこの個人保証が解除されるため、連帯保証人としての不安を抱え続ける必要がなくなります。

⑥事業規模の拡大

事業規模の拡大は、一般的には買収側の企業のメリットです。買収することで事業規模が大きくなり、またシナジー効果を発揮してさらに企業全体を大きくできる可能性があるからです。

売却側にとっては、売却後に事業が拡大すれば嬉しいということや、働いている従業員の雇用が安定するというメリットがあるでしょう。また事業を売却した場合、自社ではコア事業に集中し、売却先の企業と連携してコア事業を伸ばしていく戦略などもあります。

中小企業のM&Aで用いられる手法・スキーム

上ではM&Aによる会社の売却とひとまとめにしましたが、売却と言っても複数の選択肢があります。ここでは、中小企業のM&Aで用いられる手法・スキームについて解説します。また手法とスキームは同じ意味です。M&Aでは、手法のことをスキームと表現することが多いです。

株式譲渡を通じたM&A

株式譲渡とは、売却側が買収側に株式を譲渡し、経営権が買収側に移行するM&Aです。また株式譲渡は、相対取引、市場買付け、公開買付けの3種類に分けられます。

まず相対取引は、売却側と買収側が直接株式を売買する手法です。相対取引は売却側が上場していなくても株式の売買が可能です。逆に上場していて株式が分散している場合、株式の取得が難しく成立しない場合もあります。

市場買付けは、買収側が株式市場から株式を買い取る手法です。売却側が上場している場合にしか使えない手法になります。

公開買付けは、TOBと呼ばれることが多い手法です。TOBはTake Over Bitの略です。公開買付けでは、売却側があらかじめ買付けの期間、株数、価格を公表します。公表した情報を見た株主が売却側に株式を譲渡し、M&Aが成立するまで株式を集めるという手法です。

事業譲渡を通じたM&A

事業譲渡は、事業を売買する手法です。会社を丸ごと売買するわけではなく、人材、ノウハウ、債務、ブランド、取引先との関係、資産などを取捨選択して事業を譲渡します。事業譲渡では売却側と買収側が交渉し、それぞれにメリットのある形で売買する事業を決定できます。

ただし丸ごと売買するよりも移転手続きに手間や時間がかかるというデメリットはあります。

会社分割を通じたM&A

会社分割は売却企業の事業部門を丸ごと買収側が買収するM&A手法です。事業譲渡と似ていますが、事業譲渡のように事業や買収範囲を細かく交渉するわけではなく、事業部門の資産も負債も丸ごと買収する形になります。

また会社分割は買収側の企業に事業を引き継ぐ吸収分割、新設した会社に事業を引き継ぐ新設分割、対価を株主に支払う人的分割、対価を会社に支払う物的分割の4類型に分けられます。

つまり事業の引き継ぎ方2種類と対価の支払い方法2種類の2×2で4類型あるということです。

株式交換を通じたM&A

株式交換は買収側が売却側の会社の全株式を取得し、その対価として買収側企業の株式を交付するか、現金を対価とすることです。株式交換は株主全員の同意は不要で、株主総会でも特別決議でも問題ありません。特別決議とは、株主総会に出席した過半数の株主の議決権の2/3以上の賛成です。

株式交換は中小企業M&Aというよりは、子会社を完全子会社化するなどグループ再編目的に用いられることが多い手法です。株式交換は準備資金が不要、100%子会社にできるといったメリットがある一方で、手続きの複雑さや株価が下落する可能性があるといったデメリットがあります。

株式移転を通じたM&A

株式移転は、持株会社体制を構築する際に用いられるM&A手法です。新設会社が親会社、既存会社が子会社という形になります。子会社の株式を取得することと、対価として株式を交付する点は株式交換と同じです。

株式移転と株式交換の違いは、親会社が新設されるか、既存の親会社になるかです。株式移転は親会社が新設されるため、子会社間で序列がつきにくいというメリットがあります。

既存の企業が親会社になればその親会社の序列が上になりますが、株式移転の場合親会社は新設なので既存の会社は並列ということになります。

中小企業がM&Aを行う際の留意点

中小企業がM&Aを行う際は、いくつかの点に注意する必要があります。細かく挙げれば株券の扱いやデューデリジェンスの進め方などいろいろとあるのですが、ここでは大まかな注意点を挙げます。

早期の判断が必要

M&Aを実施するのであれば、売却側は特に早期に判断することが重要です。早期に判断しないと会社の資産が減少、負債が増加、結果的に売却価格が下がる、といったことになります。

判断が遅れた場合M&Aの売却価格が下がるだけでなく、事業継続のために従業員の雇用が難しくなるなどの副次的なデメリットも生じます。事業が傾き始めて売却が現実的な選択肢になってきた場合、少なくともM&Aを視野に入れて相談や売却先候補の選定などを始めていくべきでしょう。

またM&Aを決断してから実施されるまでにも時間がかかり、その間にも企業価値が落ちていく可能性がある点も留意した方が良いです。

秘密保持の徹底

M&Aについての情報が流出すると、M&Aが頓挫するリスクや取引先の企業が撤退することで会社の利益が減少してしまうリスクがあります。秘密保持は、会社と無関係の人はもちろん、従業員やその家族にも徹底する必要があるでしょう。

経営者の家族経由で情報が外部に流出してしまうことがあるため、家族にも最終契約締結まで伝えない方が良い場合があります。情報が外に出るのが困る状況の場合、身近な人にM&Aのことは伝えるべきではないということです。

手続き進行上の注意点

M&Aに関する情報はインターネット上にも増えています。書籍などもあります。そのため、これらの情報を見てM&Aの流れを大まかに把握している方は多いでしょう。しかし、特に中小企業M&Aの場合はフローが簡略化されたり、各工程も簡易的な形で済まされることが少なくありません。

売却側は買収側の意図を汲み、なるべく買収側が望む形でM&Aを進めていくことが重要です。信頼関係を築くことができ、M&Aがスムーズに進む確率が高まります。

中小企業のM&Aに向けた準備

中小企業のM&Aに向けて実施すべき準備について解説します。具体的なM&Aのフローではなく、M&Aのフローに入る前に実施しておくべきことです。

①支援機関に相談する

M&Aによる売却を検討し始めたら、早めに支援機関に相談した方が良いです。支援機関に相談する段階では、M&Aは選択肢の一つという状態で問題ありません。支援機関に相談することで専門知識の不足をカバーできますが、メリットはそれだけではありません。

中小企業の多くは本業が忙しく、M&Aのことまで考えていられない場合が多いでしょう。そこで、支援機関に相談することで検討面も含めて具体的なアドバイスをもらえます。M&Aにかける時間を節約するという点でも支援機関への相談はメリットがあるということです。

②親族内・社内への承認

M&Aの具体的な手続きに入ってから親族や社内からの反対に遭い、M&Aを断念するというケースもあります。社内については従業員に決定権のある人がいなければ問題はないのですが、それでも勝手に進めると印象が悪くなる場合があるでしょう。

親族に株主がいれば、法的にM&Aをストップせざるを得ない可能性もあります。秘密保持の項目で親族や従業員にもM&Aの話を明かさない方が良いとご説明しましたが、ケースバイケースということです。

むやみに情報公開することは親族や従業員であっても避けるべきですが、事前に相談すべき状況、関係性の場合は頓挫を防ぐために事前にM&Aについて話し合った方が良いです。

③引退後のビジョンや希望条件を確認する

売却後にどのように会社に関わるかは、経営者によって異なります。当面は事業に携わる場合もあれば、別事業に進出して間接的にやり取りする場合もあります。または完全に引退し、仕事自体を辞める場合もあるでしょう。

経営者本人だけでなく、従業員の雇用も重要な要素です。また引退後に経営者が事業に直接携わらなくても、理想像としてどのように会社を存続してほしいといった希望がある場合もあります。

金銭面以外の部分でも、希望条件やビジョンを明確にしておくことが必要です。

④株式・事業用資産などの整理・集約

売買条件を明確化することや、後々のトラブルを避けるためには株式・事業用資産などを整理・集約しておく必要があります。整理できていないと、まず売買価格の適正な交渉ができません。

また集約しきれておらずデューデリジェンスの段階などで問題が発覚すると、M&Aの頓挫や買収側からの印象悪化などにつながります。デューデリジェンスとは、法律や会計など複数の面から売却側の企業を専門家が調査することです。

デューデリジェンスはM&Aの工程として一般的に行われるものなので、事前にクリアにできていた方が売却側企業の印象が良くなり、M&Aはスムーズに進みます。

発行済株式の整理・集約

発行済株式の整理・集約ができていないと、そもそもM&Aの実施ができない場合があります。株主総会での決議や、買収側企業への株式譲渡などが必要になるからです。M&Aのスキームによっては株式を整理・集約できていなくても実施は可能ですが、いずれにしても差支えはあるでしょう。

どのようなスキームであっても、M&Aを実施するのであれば早い段階で発行済株式の整理・集約が必要です。

事業用資産の整理・集約

事業用資産は多くの場合物理的なものなので、株式のように分散していたり所在が不明ということはないでしょう。しかし、名義が第三者になっている、担保が設定されている、経営者の個人財産と混同されている、といったケースも多いです。

これらはM&Aの売買価格や、そもそもM&Aが成立するかどうかにも影響してきます。事業用資産についても、事前に買収側企業に伝えていた内容と異なることが発覚すると、M&Aの頓挫や信用の喪失につながります。

こういったことを防ぐためにも、早い段階で事業用資産の整理・集約が必要です。

中小企業におけるM&Aの手続き・流れ(売却側)

売却側のM&Aにおける具体的な手続き・流れを解説していきます。以下でご紹介する内容は、一般的なM&Aにおけるものです。双方合意のうえ、一部省略されたり簡略化されることもあります。

①M&Aを支援する専門家などとの各種契約を行う

まずはM&Aの専門家に相談し、各種契約を行います。相談したら契約しなければならないわけではありませんが、M&Aを進める場合は各種契約を行います。初期の段階で行う契約は、秘密保持契約とアドバイザリー契約です。

秘密保持契約とは、売却側企業の情報を守るための契約です。アドバイザリー契約は、アドバイザーが行う業務範囲や報酬などに関する契約です。買収側企業との直接交渉を禁止する内容が含まれている場合もあります。

②M&A戦略を決定する

M&A戦略とは、M&Aの基本方針のようなものです。どちらかというと買収側が念入りに方針を作ることが多いです。シナジー効果など買収後にコスト以上のパフォーマンスを発揮する必要があるからです。

しかし売却側の企業にとっても戦略は必要でしょう。たとえば、売却後に従業員の雇用を守る、自身が一部経営に携わる、引退後の資金を確保する、といった目的を達成するためです。

③売却候補を選定する

M&A戦略を決定したら、ノンネーム資料を確認します。ノンネーム資料は、売却先企業の情報をもとにM&A仲介会社が作成するものです。ノンネーム資料は具体的な企業名までは特定できないようになっていますが、業種、企業規模、場所、収益、買収希望理由などがまとめられています。

買収側はノンネーム資料の情報を確認し、売却候補を選定していきます。

④売却先候補にM&Aの打診を行う

ノンネーム資料を確認して売却先候補を絞ったら、候補となる企業に売却の打診を行います。売却先候補に追加の情報を求められた場合、秘密保持契約を結んで詳細な情報を開示します。

⑤トップ面談

買収側企業の意志が固まったら、トップ同士が面談を行います。トップ面談は互いの経営者の顔合わせ、人間性や考え方の相互理解の場でもあります。業績や売上などの数字は文字情報でも伝えられますが、考え方などは直接会わないとわからない部分も多いでしょう。

またここでの面談は条件交渉ではありません。顔合わせや理念の共有の面が強いため、いきなり細かい条件交渉に入ると印象が悪くなる可能性が高いでしょう。関係性を良好にすることを心がけるのが重要です。

⑥M&Aの意向表明書の提示

意向表明書は、買収側の企業が買収方法、買収価格などの条件を記載した文書です。意向表明書によって、買収側企業の意向を売却側企業に明示することができます。しかし意向表明書は省略されることも多いです。

⑦M&Aの基本合意書の締結

基本合意書には、買収条件、独占交渉権、守秘義務、誠実交渉義務、スケジュール戦略などが記載されています。基本合意書は全般的に法的拘束力はありませんが、一部の項目は法的拘束力があります。具体的には、独占交渉権、売却側のデューデリジェンス協力義務、守秘義務などが挙げられます。

⑧デューデリジェンスの実施

デューデリジェンスとは、基本合意書締結後に買収側が売却側の実態を把握するために行う調査です。M&Aの専門家や士業が売り手企業を訪問して調査を実施します。デューデリジェンスは複数の観点から各担当者が実施します。

具体的には、事業、財務、税務、法務、人事、ITなどが挙げられます。これらの専門家が売却側の企業を調査していくのですが、すべての観点からの調査は費用も労力もかかります。そのため、特に調査したい分野を絞ってデューデリジェンスを実施することが多いです。

特に調査したい分野は、問題があると困る分野、怪しく感じる分野、事業の性質上優れていないと買収の目的を達成できない分野などが該当します。

⑨M&Aの条件交渉

デューデリジェンス後に、調査結果を踏まえて条件交渉を行います。条件交渉の内容としては、売買価格はもちろん、従業員、役員、経営者の処遇や今後のスケジュールなどです。

⑩最終契約の締結

交渉内容に問題なければ、最終契約の締結に進みます。最終契約の締結は経営者間だけでなく、取締役会や株主総会の開催が必要な場合もあります。また最終契約書には、譲渡内容や売買価格などが記載されています。

⑪クロージング

最終契約書を締結したら、買収側から譲渡代金を受け取ります。他には、資産の買収、株券の引き渡し、会社代表印の引き渡しなどが挙げられます。これらの手続きがクロージングです。クロージング前の段階で契約完了という意味ではM&Aは完結しています。

クロージングは、今後M&Aが成立した企業が実際に稼働していくための手続きと言えるでしょう。

中小企業M&Aを成功させるためのポイント

中小企業M&Aを成功させるためのポイントを紹介していきます。紹介する内容は基本的なものですが、漏れなく網羅することが重要です。

①M&Aの目的の明確化

M&Aを実施する際に、可能な限り目的を明確化することが重要です。M&Aを検討している以上目的があるのは当然なのですが、優先順位なども含めて明確化することで、後の工程がスムーズに進みやすいです。

たとえば、売却資金、事業の継続、従業員の雇用確保、理念の共有、などが挙げられるでしょう。それぞれの内容、優先順位を可能な限り明確化しておくと、条件提示や交渉がスムーズに進むということです。

②M&Aを行った場合の影響の把握

M&Aは当然経営者だけの問題ではありません。利害関係者への影響を把握、検討することが重要です。利害関係者としては、企業で働く従業員、取引先、顧客、株主、役員、金融機関などが該当します。

特に株主に関しては、持ち分比率の高い株主がM&Aに反対したらそもそもM&Aが成立しない可能性があります。株主以外の利害関係者のことも把握することが重要です。

③ステークホルダーを把握・調整

ステークホルダーとは、企業の利害関係者のことです。利害関係者については上で挙げた通りです。ステークホルダーを細かく把握し、なるべくM&Aによる悪影響が出ないように調整することが必要でしょう。

特に経営者が一部の事業を継続する場合や、別事業を立ち上げる場合、ステークホルダーとの関係性は今後も重要になります。ステイクホルダーのことも把握・調整することで、M&Aによって関係性が悪化することを防げます。

④議決権の確保と協力者への打診

M&Aによって会社を売却するためには、株主が保有する議決権の2/3以上の賛成が必要です。誰がどれだけの株式を保有しているのか、株式保有者が賛成してくれるか、といったことをあらかじめ把握しておいた方が良いでしょう。

把握しないままM&Aを進めていくと、株主が予想に反する行動を取る可能性があります。買収側企業の前に、株主と交渉する必要があります。

⑤適正な売却価格を知る

企業価値の算出方法は複数あります。たとえば、企業の時価純資産と数年分の営業利益を足した合計額が挙げられます。ただしこの算出方法はざっくりとした売却価格の把握に留まります。より正確な適正価格を把握するためには、仲介会社などに見積もりを依頼する必要があります。

⑥会社として買収側にアピールできるポイントを持つ(事業の磨き上げ)

買収側にアピールできるポイントを持つ理由は、アピールポイントによってM&Aの成立率アップ、売却価格アップにつながるからです。買収側の企業はシナジー効果などのメリットを考えて買収企業を選定しているので、買収側の観点も把握したうえでアピールポイントを考えることが重要です。

⑦M&Aの専門家への相談

M&Aを実施する場合、M&A専門家に相談するのが一般的です。企業間のみでM&Aを行ってうまくいく場合もありますが、古くからの知り合いなどの場合が多いでしょう。そして、もともとの人間関係があってもM&Aに失敗し、人間関係が悪化してしまうようなこともあります。

M&Aの専門家に相談すれば適切なアドバイスをもらうことができ、また進行もサポートしてくれます。M&Aの実施が決定していなくても、まずは相談してみるのがおすすめです。

中小企業がM&Aを行う際の相談先

M&A仲介会社

中小企業の相談先としてまず挙げたいのがM&Aの仲介会社です。

M&Aの成立には膨大なネットワークから相手先の候補企業を探すことが重要となるため、実績や業界に詳しい仲介会社に依頼するのが良いでしょう。

また、M&Aのプロセスには煩雑な資料作成や難しい企業価値評価など、自社だけで進めるにはかなり難易度の高い作業もありますが、それらも一人することができます。

無料で相談を受け付け、成約するまで譲渡側が料金を一切支払わなくて良い「完全成功報酬制」をとる仲介会社も増えていますので、そういった企業の活用がおすすめです。

中小企業がM&Aを行う際の相談先には複数の選択肢があります。どのような選択肢があるのか、それぞれどのような特色があるのかご紹介していきます。

中小企業のM&Aを支援する機関・団体

中小企業のM&Aを支援する機関・団体として以下にご紹介するようなものがあります。

事業承継・引継ぎ支援センター

事業承継・引継ぎ支援センターは、国が設置する公的相談窓口です。事業承継・引継ぎ支援センターは、中小企業の事業承継に関する相談に幅広く対応します。事業承継・引継ぎ支援センターは全国47都道府県に48か所設置されています。東京都のみ2か所の設置です。

またもともとは事業承継ネットワークという親族内承継を支援する機関があったのですが、事業承継支援センターと統合し、事業承継・引継ぎ支援センターとなりました。

商工会議所・商工会

商工会議所・商工会もM&A支援を行っています。商工会議所や商工会は地域の商工業の振興を行う組織で、地域の社会・文化の発展に幅広く貢献しています。商工会議所・商工会は多くのデータを有しているため、中小企業のM&A相談先として適しています。

また具体的な話が進んでいくと、適切な支援機関に橋渡しをしてもらうことが可能です。商工会議所・商工会は各方面にパイプを持っているため、その点でも大きなメリットがあります。

取引先金融機関

取引金融機関もM&Aの相談先として適している場合があります。金融機関は複数の企業とのパイプを持っているため、売買企業のマッチングも可能です。特に地方では取引金融機関にM&A相談をするのが一般的です。

ただし金融機関によってM&Aへの取り組みスタンスは異なります。あまり力を入れていない金融機関もあるので、相談すべきかどうか金融機関のスタンス、実績、ノウハウなどを確認することが重要です。

金融機関

取引のない金融機関にM&Aの相談を行う場合もあります。融資を受けていないから門前払いということはありません。金融機関にとっては、今後の顧客になる可能性があるからです。

ただし取引のある金融機関の場合と同様、どこまで対応してくれるかは金融機関によって異なります。また金融機関は取引のある企業を優先する場合もあるでしょう。

M&Aを支援する士業

士業の専門家がM&Aの支援を行っている場合もあります。具体的には、公認会計士、税理士、中小企業診断士、弁護士などが挙げられます。これらの士業はデューデリジェンスで活躍する場合が多いですが、M&Aの相談全般を受け付けていることもあります。

特にすでに取引のある士業の専門家にM&Aの相談を行う場合が多いでしょう。取引がない場合はどの士業を選ぶかの選定が難しいため、M&A仲介会社などに相談し、そこから各士業の専門家につないでもらう流れが一般的です。

上記の前提のうえ、各士業について解説していきます。

税理士

税理士は多くの企業がすでに取引しているので、相談しやすいでしょう。税理士は主に税務、財務の面から企業を判断する形でM&Aのサポートが可能です。ただしM&Aに積極的に取り組む税理士は少数派で、また網羅的に対応するのは難しいと考えられます。

そのため、税理士への相談は特定の分野に絞って限定的にするか、M&Aに積極的に取り組んでいる税理士を選定する必要があります。

会計士

会計士もデューデリジェンスで活躍することが多いですが、M&Aに積極的な会計士であればM&A全般の相談が可能です。また会計士は税理士登録すれば税理士としての業務もできます。

財務、税務の観点からの企業評価、株式や事業用資産の整理・集約、関連資料の作成などの面でもサポートできるということです。

弁護士

弁護士は利害関係者との調整、スキームの選択、リーガルチェックなどを得意とします。また弁護士によっては、株式・事業用資産の整理・集約、上記税理士や会計士の担当範囲も対応可能です。

顧問弁護士が付いている場合は弁護士に相談するケースも多いですが、逆に言えば顧問弁護士が付いていない場合、最初に弁護士にM&Aの相談をするケースは稀でしょう。

中小企業診断士

中小企業診断士は、中小企業の経営課題に対して幅広く診断、助言を行う職種です。そのため、M&Aについても網羅的に把握している場合が多いでしょう。ただし、上で挙げた専門家のように強い専門分野を持っているわけではありません。

また網羅的な相談を行う場合、M&A仲介会社などを選ぶのが一般的です。もともと中小企業診断士とのつながりなどがあれば、最初に中小企業診断士に相談する場合もあるでしょう。

その他

士業やM&A仲介会社ではなく、特にそういった専門家ではない人にM&Aの相談を行う場合も多いです。むしろ最初に相談をするのは、専門家ではない場合が多いでしょう。具体的には、親族、友人、社内の人、経営者仲間などが挙げられます。

経営者仲間

ここでは例として、経営者仲間に相談するケースを想定します。経営者仲間にM&Aの相談を行う場合、相談者が売却側なら経営者仲間は売却先候補の場合もあれば、無関係の場合もあるでしょう。

売却先候補の場合、M&A仲介会社を介さずに当事者間でM&Aが成立する場合もあります。ただし金銭面、従業員の進退、売却対象の範囲などの問題でトラブルになる可能性も考えられます。

M&Aとは無関係の経営者仲間に相談する場合、情報漏洩には注意が必要です。いずれの場合も専門家に相談するよりもリスクがあるので、信用できる相手かどうかは慎重に見極める必要があるでしょう。

中小企業によるM&A事例

次に、中小企業によるM&A事例をご紹介します。以下で紹介する企業は、買収側も売却側も含まれています。

不動技研工業株式会社によるM&A

不動技研工業株式会社は長崎県長崎市にある、火力発電プラントのボイラーやタービン、舶用機械の設計などを手掛ける企業です。社会が脱炭素を目指す潮流になっているため、火力発電事業所の先細りが懸念されるようになりました。

事業領域の見直しを検討した結果、M&Aが選択肢に入ったという経緯です。売却先企業は、もともと関係のあった株式会社PAL構造です。PAL構造は長崎県内にある構造物の設計をメインに行う企業です。

不動技研工業とPAL構造は同業界ですが、得意分野が異なります。PAL構造は不動技研工業を買収することで、新規顧客獲得や新規事業進出を狙いました。2019年4月、不動技研工業はPAL構造のグループ企業となっています。

株式会社タカハシ包装センターによるM&A

株式会社タカハシ包装センターは、島根県浜田市で食品トレーなどの包装資材を、漁業者や食品加工業者、スーパーなどに卸す企業です。人口減少、地域市場の縮小、地元顧客の廃業などにより、事業の成長が頭打ちになりました。

M&Aセミナーに参加することで、M&Aという選択肢が現実的なものになっています。その後売却先企業の候補を探し始めました。食品関連企業から探し、最終的に売却先として選んだのが株式会社キョウワです。

キョウワ自体は印刷会社なのですが、顧客には食品業界も持っています。キョウワは社長が中小企業診断士、社長の弟が公認会計士であったため、仲介業者を挟まずに契約までを進め、2019年にM&Aが実施されました。

エミック株式会社によるM&A

エミック株式会社は、東京都品川区で複合環境試験装置の製造・販売を主に営む企業です。複合環境試験装置は景気の変動を受けやすいため、事業の多角化を狙っていました。そして、事業多角化の手段としてM&Aによる買収を考えたという流れです。

2018年12月に行われた入札で、かつて協力関係にあった日測エンジニアリング株式会社を落札しました。日測エンジニアリングは温度試験に必要な装置などの製造や受託試験事業を営む企業です。最終的にM&Aが実施されたのは2019年7月です。

同業界内でのM&Aにはシナジー効果があり、また違う文化を持つ従業員同士が交流することで刺激になります。M&A実施により、受託試験事業の売上、利益は約2倍になりました。

株式会社新家製作所によるM&A

株式会社新家製作所は、石川県加賀市で産業用コンベアチェーン部品を中心とした金属部品の加工を営む企業です。2019年に社長が急逝し実弟が会社を引き継ぎましたが、実弟も高齢であったことや経営経験がなかったことから事業の継続は厳しいという判断に至りました。

そこで同年11月に石川県事業引継ぎ支援センターに相談し、後継者の選定を始めたという経緯です。最終的に、東京の大手航空部品メーカーの生産現場で、製造、生産の技術から管理、企画、新生産拠点建設まで幅広く経験してきた人材が後継者として事業を買収しました。

株式会社萬坊によるM&A

株式会社萬坊は、佐賀県唐津市で活魚料理店の経営と水産物加工品の製造・販売をする企業です。2012年に創業者の息子が後を継いで社長に就任しましたが、フグ養殖業の不振により債務超過に陥っていました。そして打開策としてM&Aを決意したという経緯です。

2018年12月、社長は取引のあった福岡銀行にM&A仲介希望の意向を伝えました。同行から約40の売却先企業の候補をもらい、最終的に九州旅客鉄道株式会社を売却先にしています。

JR九州は同社を子会社化し、社長は続投する形になりました。JR九州の販路利用や増資によって、事業は回復していきました。

株式会社南西観光によるM&A

株式会社南西観光は、沖縄県那覇市の観光客向けホテルを営む企業です。創業は1974年と老舗ですが、社長が就任したのは2015年です。ホテルの老朽化などの課題もあり、社長は成長性に不安を感じていました。

そこで事業の多角化を目指し、取引金融機関を通じて沖縄県事業引継ぎ支援センターに寄せられた沖縄市内にあるデイゴホテルの買収を決めました。デイゴホテルは親近感のある接客を強みに、安定的に顧客を獲得していました。

最終的にM&Aが実施されたのは2020年7月です。

中小企業のM&Aに関するまとめ

多くの中小企業は、後継者不足や市場の急激な変化による売り上げ縮小などの問題を抱えています。そして打開策が見えないまま右肩下がりに時間が経過しているケースも多々あります。

そこで選択肢に入ってくるのがM&Aです。M&Aによって会社や事業を売却することで、資金が入ってくるだけでなく会社の存続が可能になります。買収側の企業にとっては、事業拡大、シナジー効果の獲得、ノウハウ獲得などのメリットがあります。

M&Aの手段は複数あり、また契約締結までのフローも長いです。M&Aについて悩む部分も多いでしょう。早い段階で支援機関に相談し、会社の価値が下がりきる前に決断するのがおすすめです。

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