事業売却とは?会社売却との違いや手続きの流れ・メリットと注意点を解説!

本記事では、事業売却(事業譲渡)に関する情報をまとめました。主な内容は、事業売却のメリットや注意点、手続きの流れ、事業価値算定方法、会社売却や会社分割との違い、課税内容や会計処理などです。また、実際の事業売却の成功事例も紹介しています。

目次

  1. 事業売却とは
  2. 事業売却手続きの流れ
  3. 事業売却のメリット
  4. 事業売却の注意点
  5. 事業価値の算定方法
  6. 高額での事業売却が狙えるケース
  7. 事業売却での税金
  8. 事業売却時の会計処理
  9. 事業売却の成功事例5選
  10. 事業売却のまとめ

事業売却とは

事業売却とは、法人や個人事業主が行っている事業の運営権を売却することです。事業の運営権を売却するということは、事業に必要な設備や機械などの有形資産、ブランド力や知的財産権などの無形資産、販売網や取引先、従業員、事業にひもづく負債などが譲渡対象となります。

一度に売却できる事業の数に制限はありません。また、法人が全ての事業を売却したとしても、譲渡するのは事業の運営権であるため、会社の経営権は変動しないのが特徴です。

事業売却の目的

事業売却が実施される場合の主要な目的には以下の4種類があります。

  • 事業の選択と集中
  • 事業継続
  • ベンチャー企業のイグジット
  • 個人事業主の事業承継

企業それぞれにおける事業売却の目的について説明します。

事業の選択と集中

事業売却が行われる目的の1つとして、多角経営を行っている企業における事業の選択と集中があります。

事業の選択と集中とは、不採算事業や利益効率の悪い事業などを売却し、経営資源を黒字事業や主力事業に集中させて会社の業績を向上させることです。売却した事業の対価も残った事業に投資できるため、経営資源の集中度はより高まります。

事業継続

事業売却は、後継者不在の中小企業が事業を継続させる目的で行われることもあります。一般に、M&Aによる事業承継は、買収側に会社の経営権を譲渡するイメージが強いかもしれません。

しかし、現経営者の事情により、法人格は手元に残して主力事業を継続させるために事業売却することもあります。経営者の事情の例としては、小規模事業は譲渡せずに当面継続する、あるいは税金対策などです。

ベンチャー企業のイグジット

ベンチャー企業では、イグジット戦略を目的に事業売却が行われるケースもあります。イグジット戦略とは、投資資金の回収と利益の獲得という意味です。従来、ベンチャー企業のイグジット戦略はIPO(Initial Public Offering=株式公開)で行われる傾向でした。

しかし、IPOは難易度が高く長期間を要するため、IPOよりは難易度も低く短期間で実施できるM&Aに転換してきているのが現状です。

個人事業主の事業承継

事業売却は、個人事業主の事業承継には欠かせないものです。法人格を持たない個人事業主は、株式譲渡や合併など会社の経営権を譲渡するM&Aスキーム(手法)は実施できません。事業用資産や権利義務を個別に譲渡できる事業売却が、個人事業主にとって唯一の事業承継方法です。

事業譲渡との違い

事業譲渡

事業売却と類似する言葉に、事業譲渡があります。事業譲渡は、上図のように、ある企業が行っている事業を別の企業が現金を対価として買取ることです。事業譲渡に際して売買される資産や権利義務などは個別に協議して決めます。個人事業主の事業譲渡も同様です。

したがって、事業売却と事業譲渡は同義です。ただし、事業売却と事業譲渡の違いとして、事業譲渡は会社法の中で採用されている言葉です。会社法の文言に「事業売却」は登場せず、「事業譲渡」に統一されています。

会社売却との違い

株式譲渡

事業売却と会社売却の意味は異なります。会社売却は、M&Aスキーム名で該当するのが株式譲渡です。株式譲渡は、上図のように買収側が対象企業の株式を現金で買取ることで株主が代わり、その経営権を取得します。

対象企業が行っている事業の運営権が売買される事業売却と、対象企業の経営権が売買される会社売却は、全く意味の異なる言葉です。

以下の動画では、株式譲渡(会社売却)と事業譲渡(事業売却)の違いを解説しています。ご参考までご覧ください。

会社分割との違い

会社分割

事業売却(事業譲渡)と類似して見えるM&Aスキームとして、会社分割があります。会社分割も対象企業の事業が売買の対象であり、これは事業売却との類似点です。しかし、会社分割の事業売却との違いには以下のようなものがあります。

  • 会社分割は包括承継
  • 会社分割は許認可の承継が可能(一部、不可能な業種もあり)
  • 会社分割は会社法で組織再編行為と規定
  • 対価は現金以外に自社株式、社債、新株予約権などが可能

事業売却は個別承継です。承継内容を個別に協議して決める必要がありますが、包括承継である会社分割は事業部門を丸ごと承継します。個別協議は不要です。会社分割では許認可を承継できますが、事業売却では許認可を承継できません。

組織再編行為は条件を満たすと税制上の優遇措置を得られますが、事業売却は組織再編行為ではありません。また、事業売却の対価は現金のみです。

事業売却手続きの流れ

事業売却を進めるためには、交渉相手との手続き、社内手続き、外部機関との手続きなどさまざまな手続きがあります。それらの手続きを時系列で並べると、事業売却手続きの流れは以下のとおりです。

  1. 譲渡事業決定・事業売却準備
  2. M&Aアドバイザーとの契約
  3. 交渉相手探し
  4. 秘密保持契約締結・交渉開始
  5. トップ面談
  6. 基本合意書取り交わし
  7. デューデリジェンス
  8. 取締役会決議
  9. 事業譲渡契約締結
  10. 株主への通知、公告
  11. 株主総会特別決議
  12. 臨時報告書提出
  13. 公正取引委員会への届出
  14. 許認可の取得
  15. クロージング
  16. PMI(買収側)

事業売却の各手続き内容を流れに沿って説明します。

譲渡事業決定・事業売却準備

社内での事業売却ニーズ発生を受け、事業売却の流れが始まります。初期段階で行う社内手続きは、売却事業の決定と事業売却目的の明確化です。事業売却の目的がしっかり定まっていないと、戦略の策定や買収側との交渉がきちんと行えない恐れがあります。

場合によっては事業売却が失敗しかねません。事業売却目的の明確化は重要です。また、目的が複数ある場合には、それらに優先度を設定しておく必要があります。

以下の動画では、事業売却や会社売却などM&Aにおける準備段階の解説をしています。ご参考までご覧ください。

M&Aアドバイザーとの契約

事業売却や会社売却を進める場合、諸手続きや資料作成などへの対応とともにアドバイスやサポートを受けるため、M&Aアドバイザーと業務委託契約を締結するのが一般的です。ほとんどのM&A仲介会社では無料相談を実施しています。これを活用し、自社に適するM&Aアドバイザーを選びましょう。

以下の動画では、M&A仲介会社と契約する際の注意点を解説しています。ご参考までご覧ください。

交渉相手探し

M&Aアドバイザーとの契約後は、交渉相手探しの流れです。交渉相手候補はM&Aアドバイザーが探してきます。提示された多くの候補の中から、数社まで絞り込みが必要です。候補の絞り込みの際には、優先度をつけます。その優先度に沿ってM&Aアドバイザーが交渉を打診する流れです。

交渉の打診では、ノンネームシートという企業概要書を提示します。ノンネームシートとは、こちらの社名が特定されないように社名は伏せ、所在地や業績は大まかな内容で表記するなどしたものです。

以下の動画では、ノンネームシートの解説をしています。ご参考までご覧ください。

秘密保持契約締結・交渉開始

事業売却交渉の打診に応じる相手が現れたら、秘密保持契約の締結手続きを行い交渉を開始する流れです。交渉の開始にあたって重要な経営情報を開示する必要があるため、秘密保持契約は欠かせません。秘密保持契約では主として以下の内容を規定します。

  • 秘密情報の特定
  • 秘密情報の取り扱い方
  • 契約期間
  • 契約期間後の秘密情報の取り扱い方
  • 契約違反時の取り決め

以下の動画では、秘密保持契約の解説をしています。ご参考までご覧ください。

トップ面談

事業売却の交渉はM&Aアドバイザーが仲介もしくは代行します。M&Aアドバイザーと契約している場合、当事者が直接交渉はしませんが、事業売却交渉の流れの中で必ず行われるのがトップ面談です。事業売却側、買収側の経営トップが直接会って話します

トップ面談で話し合われるテーマは以下のとおりです。

  • これまでの経営方針
  • 会社の社風や事業の特徴
  • 事業売却・買収の理由
  • 事業売却後・買収後の方針

その他、トップ面談をとおしてお互いの人物像の把握も行います。

以下の動画では、トップ面談とその後のM&A手続きの流れを解説しています。ご参考までご覧ください。

基本合意書取り交わし

事業売却の交渉で大体の条件合意が形成されたら、次は基本合意書の取り交わし手続きを行う流れになります。基本合意書の注意点は、現段階の同意内容を確認する目的の書面であり、事業売却を約束する法的拘束力はないということです。しかし、心理的な拘束効果は得られるでしょう。

また、以下の条項については例外的に法的拘束力を持たせます。

  • 秘密保持
  • 事業売却側のデューデリジェンスへの協力
  • 独占交渉権

独占交渉権とは、基本合意書で定めた一定期間、事業売却側の第三者との交渉を禁じるものです。

デューデリジェンス

基本合意書の取り交わし手続き後は、買収側がデューデリジェンスを実施する流れになります。デューデリジェンスとは、売却される事業とそれに関連する事項を詳細に調査することです。

最終的な買収額を決めるために必要な情報の収集と確認や、PMI(経営統合プロセス、詳細は後述)計画策定に必要な情報収集を目的としています。

以下の動画では、デューデリジェンスの解説をしています。ご参考までご覧ください。

取締役会決議

事業売却の契約書を相手方と締結するためには、自社において取締役会での決議手続きをする流れが必要です。取締役会での決議は過半数で可決されます。決議内容を記した取締役会の議事録の作成も必須です。

なお、事業売却の契約書名は、会社法で用いられる用語を冠して、事業譲渡契約書とします。

事業譲渡契約締結

デューデリジェンス後の最終交渉で条件合意し、事業売却契約締結の取締役会決議もすんだら、事業譲渡契約書の締結手続きを行う流れです。

一般的に、事業譲渡契約書は買収側が作成します。事業売却側としては、弁護士とともに事業譲渡契約書ドラフトの内容を確認し、修正・訂正点の指摘や条文の変更希望があればM&Aアドバイザーを介して伝えましょう。

なお、事業譲渡契約の締結により、事業売却は正式に成約しますが、事業売却の効力が発生するのは、後述するクロージング終了後です。

株主への通知・公告

事業売却を実行するためには、一部の例外を除き、株主総会での承認手続きを行うことが会社法により定められています。株主総会の承認手続きは、事業売却効力の発生予定日前日までに行う流れです。そのため株主に対し、臨時株主総会の招集通知を行わなくてはなりません。

また、会社法では、事業売却に反対する株主の株式買取請求権が認められています。会社側としては、株主に株式買取請求権があることと、それを行使する場合の手続き方法などについても株主に通知、公告しなければなりません。

株主総会の特別決議

臨時株主総会での事業売却承認手続きには、特別決議が必要です。株主総会の特別決議は、議決権を持つ株主の過半数が株主総会に出席し、そのうちの3分の2以上の賛成で可決されます。株主総会での承認手続きがいらない例外の事業売却とは、以下のような条件です。

  • 売却する資産が総資産額の20%以下
  • 買収側が議決権90%以上を持つ親会社(特別支配株主)

上記はそれぞれ、簡易事業譲渡、略式事業譲渡といわれます。

臨時報告書提出

有価証券報告書の提出義務がある法人は、以下のいずれかに該当する場合、臨時報告書の手続きを行う流れとなります。

  • 事業売却・買収により純資産額が30%以上増減する
  • 事業売却・買収により売上高が前年度より10%以上増減する見込み

有価証券報告書は、上場企業の他にも条件に合致する法人には提出義務があります。臨時報告書は財務局、金融庁を介して、最終的には内閣総理大臣へ提出する流れです。

公正取引委員会への届出

企業グループとしての国内売上高合計額200億円超の法人が買収側の場合、以下のいずれかの条件に合致すると公正取引委員会への届出手続きが必要です。

  • 国内売上高30億円超の法人の全事業を買収
  • 事業売却側の重要な事業の買収に際し、該当事業の国内売上高が30億円超
  • 事業売却側の重要固定資産の買収において、該当資産が関わる事業の国内売上高が30億円超

企業グループ内で行われる事業売却の場合、上記の条件に合致しても届出はいりません。また、届出が受理されてから30日間は事業売却できない決まりです。届出受理後120日または公正取引委員会から要請された追加報告の提出受理後90日間までに審査結果が通知されます。

排除措置命令前の通知が出てしまった場合、期限内に何らかの是正措置を取らないと事業売却が認められません(排除措置命令の執行)。

許認可の取得

事業売却では、会社売却のように事業の許認可を承継できません。許認可は、申請した事業者に与えられるものだからです。

したがって、許認可が必要な事業を買収する側がその許認可を取得していない場合、クロージングまでに許認可を得ていないと、事業売却の効力が発生しても事業を開始できません。許認可の取得には時間がかかるため、逆算して申請手続きをすることが肝要です。

クロージング

クロージングとは、事業譲渡契約書に記載された内容を履行することです。具体例としては以下のようなものが該当します。

  • 事業売却側:資産の引き渡し、名義の書換え手続き
  • 買収側:対価の支払い、法務局での変更登記手続き

クロージングが完了することで事業売却の効力が発生することになります。事業売却側がこれにて手続きは完了です。

PMI(買収側)

クロージング後、買収側が取りかからなければならないのがPMI(Post Merger Integration=経営統合プロセス)です。事業の買収では、事業売却側の人材を含めた事業組織が会社に吸収されるため、経営・業務・意識という3種類の統合を進めなければなりません。

PMIの成否が事業買収の成否に直結します。PMIを成功させるためには、十分に練られたPMI計画策定が必要です。PMI計画策定のためには、デューデリジェンスと並行してプロジェクトを立ち上げ、クロージングまでにPMI計画を練り上げます。

以下の動画では、事業売却や会社売却などM&Aの全体の流れを解説しています。ご参考までご覧ください。

事業売却のメリット

事業売却では、さまざまなメリットが得られますが、事業売却側と買収側で得られるメリットは異なるものです。そこで、事業売却側と買収側に分けて事業売却のメリットを紹介します。まずは、事業売却側のメリットです。

売却側のメリット

事業売却側における主要なメリットは以下の3点です。

  • 対価の獲得
  • 経営の安定化
  • 法人格・事業・従業員を残せる

事業売却側の各メリットの内容を説明します。

対価の獲得

事業売却側のメリットの1つは、対価の獲得です。事業売却の対価は会社が受け取りますが、現金に限定されているため、支払いを受けてすぐに資金として使えます

負債の返済や通常の運転資金として、あるいは残した事業や新規事業への投資など、各社の状況に応じた用い方が可能です。なお、M&Aアドバイザーへの報酬や納税資金の確保は忘れないようにしましょう。

経営の安定化

事業売却側には、経営安定化のメリットもあります。赤字事業や利益効率の悪い事業を売却して黒字事業や主力事業を残せれば、事業の選択と集中の実現です。

赤字事業という経営の足を引っ張る存在がなくなったことで、経営は安定化します。経営資源を黒字事業や主力事業に集中させられることで、投資の効率化が図られ業績が向上するでしょう。

法人格・事業・従業員を残せる

事業売却ならではのメリットが、法人格・事業・従業員を残せることです。事業売却は会社売却と違って経営権は移転しません。法人格は従来のままです。売却する事業や資産は選別できるため、残したい事業は手放さずにすみます。従業員の移籍も同様です。

事業売却では経営を継続できるため、残した事業の継続や新規事業の立ち上げなど、構想に沿ってすぐに取りかかれます

買収側のメリット

事業買収側における主要なメリットは以下の3点です。

  • 必要な事業のみ選べる
  • 不要な資産・負債を対象から外せる
  • 節税効果

事業買収側の各メリットの内容を説明します。

必要な事業のみ選べる

事業売却の買収側のメリットの1つは、買いたい事業だけを限定して買収できることです。会社売却では会社を丸ごと買収するため、不要な事業が含まれていても、それを引き取るしかありません。そのうえ、対価も余計にかかります。

事業売却では、買収側も必要な事業だけに絞って買収ができるため、余計な事業分のコストが上積みされず対価も抑えられるでしょう。

不要な資産・負債を対象から外せる

事業売却における買収側は、不要な資産・負債を買収対象から外せることもメリットの1つです。事業売却では、売買対象を何にするか1つずつ事業売却側と買収側が協議して取り決めます。双方の合意は必要ですが、お互い売りたいものだけを売り、買いたいものだけを買えるのが事業売却です。

会社売却の場合、買収側は包括承継として不要な資産や負債も引き受けてしまいます。また、事業売却は個別承継であるため、隠されているかもしれない簿外債務を承継する心配もありません。

節税効果

事業売却における買収側には、節税効果というメリットもあります。事業売却の対価と、買収した資産・負債の差額は「のれん」です。

のれんは、最大20年間、減価償却処理をします。のれんは、税務上、損金としての計上です。したがって、のれんを減価償却している期間中は、その金額分の節税効果が見込めます。

事業売却の注意点

事業売却を実施する際には注意点もあります。ただし、事業売却側と買収側の注意点は異なるものです。そこでここでは、事業売却側と買収側に分けて注意点を紹介します。まずは、事業売却側の注意点です。

売却側の注意点

事業売却側の注意点としては以下の4点があります。

  • 事業別財務諸表の作成
  • 手続きが煩雑
  • 売却益は課税対象
  • 競業避止義務

事業売却側の注意点とそれぞれの内容を説明します。

事業別財務諸表の作成

事業売却側の注意点の1つは、売却する事業のみの財務諸表を作成しなければならないことです。通常、中小企業では会社全体の財務諸表しか作成していません。複数の事業を行っていて、そのうちの一部を売却する場合、全体の財務諸表では売却する事業の価値算定ができません。

売却する事業に関連する数値情報を抜き出して財務諸表を作成するのは、販売管理費の配分を再計算するといったような工程を経なければならず、かなり面倒な作業です。

手続きが煩雑

事業売却の注意点には、手続きの煩雑さも挙げられます。例えば包括承継である会社売却の場合、株式の譲渡交渉と株主名簿の書換えで手続きが完了です(株券不発行会社の場合)。しかし、個別承継である事業売却では、まず、売却対象を1つずつ買収側と協議しなければなりません。

また、取引契約の地位を買収側に譲渡するなら取引先の同意が必要です。移籍となる従業員がいる場合も、1人ずつ同意を得なければなりません。このように事業売却は、会社売却に比べ多くの手続きが発生します。

売却益は課税対象

事業売却により利益が生じた場合、売却益は課税対象となるのも事業売却側の注意点の1つです。税金の詳細については後述しますが、法人の場合、事業売却益は法人税の対象となります。ただし、法人税はその年度の全損益を通算した利益額に対して課税されるものです。

個人事業主の場合は、資産の売却益に対して所得税が課税されます。資産の種類によって総合課税か分離課税かに分かれるため、税金の計算が煩雑となることも注意点です。

競業避止義務

事業売却側は、競業避止義務も注意点です。M&Aスキームの中で事業売却(事業譲渡)に限って、会社法にて競業避止義務が規定されています。競業避止義務とは、売却した事業と同一事業を、買収側が所在する区市町村および隣接する区市町村で20年間、行えないというものです。

事業売却側と買収側の協議により30年間までの延長も認められています。その一方、買収側が承諾すれば、期間の短縮や義務の撤廃も可能です。

買収側の注意点

事業買収側の注意点には以下の3点があります。

  • 手続きが煩雑
  • 消費税の発生
  • 許認可の取得

事業買収側の注意点とそれぞれの内容を説明します。

手続きが煩雑

事業売却側と同様に、買収側も手続きが煩雑であることが注意点です。まず、買収対象を1つずつ事業売却側と交渉して決めなければなりません。承継する取引契約があれば、取引先の合意後、個別に契約を締結し直す、または契約書の地位の書換え手続きが必要です。

移籍してくる従業員については、同意を得た後に1人ずつ協議をして雇用契約を締結しなければなりません。買収した資産は名義の書換え手続きや、不動産の場合は法務局での登記変更手続きも必要です。

消費税の発生

買収対象に消費税課税資産が含まれている場合、買収側に消費税の支払い義務が発生するのも注意点の1つです。消費税の支払いは、事業売却側に対価を支払う際に消費税分を加算して渡します。

おそらく、消費税が発生する資産は相応の金額であるため、消費税額もそれなりの金額になるでしょう。したがって事業買収側には、対価の他に消費税分も加味した資金を用意しておかなければならない注意点もあります。

許認可の取得

事業買収側は、事業の許認可を取得しなければならないことも注意点の1つです。事業の許認可は申請した事業者に与えられるものであるため、地位の承継はできません。

買収した事業に許認可が必要で、それを買収側が所有していなければ申請して取得する必要があります。クロージングまでに許認可を取得しておかないと買収が成立しても事業が行えないため、重要な注意点です。

事業価値の算定方法

事業価値とは、売却する事業の金額価値を意味します。会社売却する場合は会社全体の価値を示すため、用語は企業価値です。会社売却の際に企業価値を算定するには、金融経済学の理論に基づいたさまざまな専門的算定方法が確立されています。

事業価値の算定も、企業価値の算定方法を用いて行われるものです。ここでは、事業価値・企業価値の算定方法のうち、以下の4つを紹介します。

  • DCF法による算定
  • マルチプル法による算定
  • 時価純資産法による算定
  • 年買法による算定

各算定方法の概要を説明します。

DCF法による算定

DCF法

DCF(Discounted Cash Flow)法による事業価値算定には、対象事業の中期計画書を用います。中期計画書とは5年度分程度の事業計画のことです。事業計画書から各数値を割り出し、以下の計算式でフリーキャッシュフローを算定します。

  • フリーキャッシュフロー=税引後営業利益+減価償却費-設備投資費±運転資本などの増減

フリーキャッシュフローに専門的な割引計算を行うことによって、現在価値に直した事業価値が算定できます。

マルチプル法による算定

マルチプル法

マルチプル法は、売却対象事業と類似する事業を行う上場企業を探し、その上場企業の財務数値を用いて事業価値を算定する方法です。まず、以下の計算式で対象事業のEBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization=金利、税金、償却前利益)を算定します。

  • EBITDA=営業利益+減価償却費

次に、上図の計算式を用いて上場企業のEV/EBITDA倍率を算定します。そして、類似する複数の上場企業のEV/EBITDA倍率の平均値と対象事業のEBITDAを掛算した結果が対象事業の事業価値です。

以下の動画では、マルチプル法の解説をしています。ご参考までご覧ください。

時価純資産法による算定

時価純資産法

時価純資産法は、純資産額を根拠に事業価値を算定する方法です。まず、売却事業に関わる資産と負債の含み益・含み損を評価するため、それぞれ時価に換算します。時価換算した資産総額から負債総額を引算したものが時価純資産額です。

時価純資産額は現在の資産価値を示すものではありますが、DCF法のように事業の収益性の評価を行っていません。そのため、M&Aで用いられる機会は少ないです。

年買法による算定

年買法は、簡易的に事業価値算定を行う際に用いられる方法です。計算式は以下のようになります。

  • 事業価値=時価事業純資産額+事業利益×2~5年

事業利益に掛算する数値が変数になっているのは、対象事業の特殊性や希少性を反映させるためです。希少性が高い事業は変数が大きくなります。

年買法の注意点は、ここで紹介した他の算定方法と違って、金融経済学の理論に基づいて確立された算定方法ではないということです。最終的には、他の方法による事業価値算定が必要になります。

以下の動画では、年買法の解説をしています。ご参考までご覧ください。

高額での事業売却が狙えるケース

以下に示す3項目に合致する場合、より高額で事業売却できる可能性が高まります。

  • 事業利益が高い
  • 独自性が強い
  • 財務が明瞭

高額の事業売却を狙える理由について説明します。

事業利益が高い

同規模の事業を比較するとき、利益額が高い方の事業に高額の対価がつくのは当然でしょう。もちろん、事業売却では、現在の利益だけでなく将来の収益や、所有している資産の内容など複合的に評価を行います。しかしそれでも、利益額や利益率が高い事業の方が評価は高くなります。

独自性が強い

競合他社と比較して、独自色のある強みによって差別化がなされている事業は、高評価となる可能性が高いです。独自の強みによる競合他社との差別化は、前項で説明した高利益にもつながるでしょう。

差別化の方法としては、技術力、ブランド力、ノウハウ、販売ネットワーク、知的財産権など無形資産のいずれかを構築するか、他社が所有していない独自の設備や機械などを持つかなどです。

財務が明瞭

明瞭な財務状態の事業は、それだけで一定の評価が得られます。逆に、使途不明金や簿外債務などがあると、評価は厳しいものになるでしょう。

中小企業の場合、隠しているわけではなく自社内でも簿外債務に気づいていないケースもあります。事業売却を決断した際には、財務について税理士や公認会計士にチェックしてもらうのが得策です。

事業売却での税金

事業売却では、売却益や取得した資産が課税対象です。事業売却側と買収側では課税内容が異なるため、それぞれ分けて説明します。まずは、事業売却側の売却益に課される税金です。

売却側の税金

事業売却は、法人が行うケースと個人事業主が行うケースがあります。事業売却益があればいずれも課税対象ですが、法人と個人の課税内容は異なるものです。ここでは、法人の事業売却益に課される法人税と、個人の譲渡益に課される所得税に分けて説明します。

法人税

法人税とひとくくりにされていますが、実際には以下の種類があります。

  • 法人税
  • 法人住民税
  • 地方法人税
  • 法人事業税
  • 特別法人事業税

これらの法人税の税率を累算した実効税率は2023(令和5)年11月現在、約31%です(中小企業の場合)。法人税は、全損益を通算した利益額に課税されます。通算結果が赤字であれば課税を受けません。

所得税

個人の所得税は分離課税と総合課税があります。土地や建物を売却して利益が出た場合、分離課税です。2023年11月現在の税率は以下の2種類があります。

  • 39.63%(短期譲渡所得税率30%+復興特別所得税0.63%+住民税9%)
  • 20.315%(長期譲渡所得税率15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)

所有期間5年以下の土地・建物は短期譲渡所得、同5年超は長期譲渡所得と区分されています。その他の資産は総合課税です。他の所得と合算した金額によって5~45%の累進税率+住民税10%+復興特別所得税(基準所得税額×2.1%)となっています( 2023年11月現在)。

買収側の税金

事業買収側に課される税金は、譲渡された資産の種類次第で対象となります。事業買収で課される可能性がある税金は以下の3種類です。

  • 消費税
  • 不動産取得税
  • 登録免許税

それぞれの税金の概要を説明します。

消費税

買収した資産のうち以下の資産は消費税が発生します。2023年11月現在の消費税率は10%です。

  • 有形固定資産(土地以外)
  • 無形固定資産
  • 棚卸資産
  • のれん

対価支払い時に消費税分を加えて事業売却側に渡します。したがって、消費税を税務署に納めるのは事業売却側です。

不動産取得税

買収した資産の中に不動産がある場合、固定資産税評価額に対し以下の税率の不動産取得税が発生します。

  • 土地・住宅3%
  • 住宅以外の建物4%

税率は2023年11月現在のものです。

登録免許税

不動産を取得した買収側は、登記変更手続きも行わなければなりません。登記変更手続きでは、登録免許税が発生する決まりです。登録免許税は、固定資産税評価額に対し以下の税率となっています。

  • 土地1.5%
  • 建物2%

税率は2023年11月現在のものです。

以下の動画では、事業売却を含めたM&Aでの税金について解説しています。ご参考までご覧ください。

事業売却時の会計処理

ここでは、事業売却を実施した際の会計処理について、具体例で説明します。当然ながら、事業売却側と買収側の会計処理は異なるものです。事業売却側と買収側に分けて会計処理・仕訳の具体例を掲示します。

売却側の会計処理

以下の前提にて、事業売却側の会計処理を例示します。

  • 売却資産の簿価総額:3,000万円
  • 売却負債の簿価総額:1,800万円
  • 付帯費用:150万円
  • 事業売却額:4,500万円

上記の前提による事業売却側の仕訳は以下のとおりです。

貸方

借方

譲渡負債

1,800万円

譲渡資産

3,000万円

付帯費用

150万円

現預金

150万円

現預金

4,500万円

譲渡益

3,300万円

買収側の会計処理

以下の前提にて、事業買収側の会計処理を例示します。

  • 買収資産の時価総額:2,100万円
  • 買収負債の時価総額:900万円
  • 買収額:4,500万円

上記の前提による事業買収側の仕訳は以下のとおりです。

貸方

借方

譲受資産

2,100万円

譲受負債

900万円

のれん

3,300万円

現預金

4,500万円

事業売却の成功事例5選

ここでは、事業売却の実際の成功事例として以下の5件を紹介します。

  • fjコンサルティングからGRCSへの事業売却
  • The ROOM4Dからデータセクションへの事業売却
  • The ROOM Doorからディーエスエスへの事業売却
  • Wemade OnlineからG・O・Pへの事業売却
  • KMT研究所からFCEプロセス&テクノロジーへの事業売却

事業売却成功事例の内容を確認しましょう。

fjコンサルティングからGRCSへの事業売却

 事業売却側 

事業買収側

法人名

fjコンサルティング

GRCS

所在地

東京都千代田区

東京都千代田区

事業内容

キャッシュレス・セキュリティ

コンサルティング事業

GRC ・セキュリティ関連ソリューション事業

製品販売、コンサルティング

売上高

非公表

23億9,800万円

2023年11月、fjコンサルティングは、以下の事業をGRCSに事業売却しました。

  • PCI DSS 準拠運用コンサルティングサービス
  • PCI DSS 関連教育研修サービス

買収価額は公表されていません。GRCSとしては、事業部門の強化と専門人材の獲得が目的の事業買収です。

The ROOM4Dからデータセクションへの事業売却

 事業売却側 

事業買収側

法人名

The ROOM4D

データセクション

所在地

東京都港区

東京都品川区

事業内容

データ分析に関するコンサルティング

および関連システムの受託開発事業 

ソーシャルメディア分析

リテールマーケティング

AI・システム開発

売上高

3億8,529万円(対象事業のみ)

19億2,500万円(連結)

2023年9月、The ROOM4Dは、以下の事業をデータセクションへ事業売却しました。

  • データ分析に関するコンサルティングおよび関連システムの受託開発事業

買収価額は公表されていません。データセクションとしては、シナジー効果の創出が見込めること、事業基盤とエンジニア人材の強化が行えることなどを理由に買収しました。

The ROOM Doorからディーエスエスへの事業売却

 事業売却側 

事業買収側

法人名

The ROOM Door

ディーエスエス

所在地

東京都港区

東京都品川区

事業内容

SES事業 

システム基盤の設計・構築・運用

アプリケーション開発・保守

PCI DSS準拠支援 

売上高

2,731万円(対象事業のみ)

非公表

2023年9月、The ROOM Doorは、以下の事業をディーエスエスへ事業売却しました。ディーエスエスはデータセクションの完全子会社です。

  • SES事業(システム開発、データ分析、データ活用支援など)

買収価額は公表されていません。データセクションは、企業グループとしてシナジー効果の創出が見込めること、事業基盤とエンジニア人材の強化が行えることなどを理由に、子会社ディーエスエスに事業買収させました。

Wemade OnlineからG・O・Pへの事業売却

 事業売却側 

事業買収側

法人名

Wemade Online

G・O・P

所在地

東京都千代⽥区

東京都渋⾕区

事業内容

日本国内オンラインゲームサービス

パブリッシング運営および

現地開発事業展開

グローバルゲームサービス

グローバルゲーム開発

グローバルゲームコミュニティ運営

売上高

非公表

非公表

2023年8月、 Wemade Onlineは、以下の事業をG・O・Pへ事業売却 しました。

  • オンラインゲームポータルサイト「GAMEcom」
  • PCオンラインゲーム「R.O.H.A.N. Revision」
  • PCオンラインゲーム「ソウルワーカー」
  • PCオンラインゲーム「SiLKROAD Revolution」
  • PCオンラインゲーム「新⽣R.O.H.A.N」

買収価額は公表されていません。G・O・Pとしてはゲームラインアップの拡充が目的です。

KMT研究所からFCEプロセス&テクノロジーへの事業売却

 事業売却側 

事業買収側

法人名

KMT研究所

FCEプロセス&テクノロジー

所在地

東京都三鷹市

東京都新宿区

事業内容

ソリューション提供

製品導入コンサルタント

コンピュータ関連教育事業

RPA「ロボパットDX」開発・提供

DX推進コンサルティング

売上高

非公表

非公表

2023年7月、KMT研究所は、以下の事業をFCEプロセス&テクノロジーへ事業売却しました。FCEプロセス&テクノロジーは、FCE Holdingsの子会社です。

  • ソフトウェアVisual Center1およびVisual CenterX に関する全事業

買収価額は3,600万円です。FCE Holdingsとしては、従来より協業関係にあったKMT研究所とFCEプロセス&テクノロジーの今後を検討した結果、KMT研究所の事業を譲受することがグループとしての企業価値向上につながると判断しました。

事業売却のまとめ

事業売却(事業譲渡)は、注意点に気をつけることにより、さまざまなメリットが得られます。ただし、事業売却の手続きを進めるにあたっては、専門的な知識や経験が求められることが多くなります。

事業売却の各手続きをスムーズに行い成功させるためには、専門家であるM&Aアドバイザイーに業務を委託するのが得策といえます。

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