事業譲渡の社員・従業員への影響とは?退職金や処遇の注意点を解説!

社員はステークホルダーの1者であり、M&Aを実施すれば多大な影響を受けます。特に事業譲渡の場合、譲渡事業に従事する社員は譲受側に転籍するため営業にも混乱が生じるかもしれません。本コラムでは事業譲渡の際の、従業員の処遇や退職金の取り扱いなどの注意点を解説します。

目次

  1. 事業譲渡と社員・従業員への影響
  2. 事業譲渡での社員・従業員のメリット・デメリット
  3. 事業譲渡後の社員・従業員の労働環境
  4. 事業譲渡後の社員・従業員の労働条件承継
  5. 事業譲渡における社員・従業員の退職
  6. 事業譲渡での社員・従業員のリストラ
  7. 事業譲渡での社員・従業員の転籍失敗理由
  8. 事業譲渡で社員・従業員へ上手に対応するには
  9. 事業譲渡の社員・従業員への影響まとめ

事業譲渡と社員・従業員への影響

冒頭では、事業譲渡の内容をあらためて確認し、事業譲渡が社員や営業に及ぼす影響の概要を掲示します。

事業譲渡とは

事業譲渡

事業譲渡とは、譲渡側が行う事業の運営権を売買するM&A取引の1つです。譲渡する事業の数に制限はありません。したがって、譲渡側が複数の事業を行っている場合に、全ての事業をまとめて売買することも可能です。

事業の運営権の売買とは概念としてのものであり、実際には以下のようなものが譲渡対象になります。

  • 事業用資産
  • 取引先との契約
  • 顧客リスト
  • 譲渡事業に従事する社員
  • 知的財産権

また、事業譲渡の対価は現金に限定されます。事業譲渡と類似するM&Aスキーム(手法)に会社分割がありますが、会社分割の対価は自社株式、社債、新株予約権、新株予約権付社債、現金などのいずれでも可能であり、この点が大きな違いの1つです。

事業譲渡の特徴

事業譲渡は、数あるM&Aスキームの中で唯一の個別承継です。個別承継である事業譲渡では、譲渡側と譲受側が譲渡対象を1つずつ協議して決められます。

そのため、包括承継である他のM&Aスキームと違って、譲渡側は残したい資産や事業は手元にとどめ、譲受側も不要な資産や負債を譲渡対象から外せることが特徴の1つです。特に譲受側では、包括承継で問題となる、簿外債務の承継リスクがありません。

簿外債務は、規模によっては譲受側の経営にダメージを与えかねないものです。また、事業譲渡側の特徴として、仮に全事業を譲渡したとしても、法人格・会社の経営権は従来のまま手元に残ります。

営業上の注意点

事業譲渡ではいくつか注意点があります。まず、事業譲渡では営業に必要な許認可を譲渡対象にできません。営業の許認可は、申請した事業者に与えられるものだからです。

したがって、譲渡対象事業に必要な営業許認可を譲受側が持っていないなら、新たに営業許認可を取得しなければ営業を開始できません

また、個別承継である事業譲渡では、取引先との契約は先方の同意を得たうえで新たに契約し直す必要があります。転籍する従業員との労働契約も同様です。そのため、それらの手続きの手間が煩雑であることを覚悟しなければなりません。

この理由により、規模の大きい事業の売買では、事業譲渡よりも会社分割が用いられます。包括承継である会社分割は、取引先や従業員などとの各契約を締結し直す必要がありません。

事業譲渡が及ぼす社員・従業員への影響

事業譲渡が社員にもたらす最も大きな影響は、譲渡する事業に従事する社員は転籍を求められることです。中小企業のM&Aでよく用いられる株式譲渡の場合、株主=経営者は代わりますが、社員は会社に在籍したままであり、従来どおりの処遇で仕事を継続します。

一方、事業譲渡では転籍が求められることになり、社員にとってみれば望まぬ転職、あるいは想定していなかった所属会社の変更です。極端にいえば、どのような社風か労働環境かもわからない会社に「飛ばされる」と感じてしまう社員もいるかもしれません。

本コラムでは、この事業譲渡における社員の処遇に焦点を当て、詳しく内容を説明します。

労働環境が改善される場合も

事業譲渡を含めたM&Aでは、譲渡側よりも譲受側の方が会社や営業の規模が大きいのが一般的です。会社規模が大きい企業の場合、給与規程を含めた社内規定が整備されており、福利厚生が充実し給与面の条件も高い傾向にあります。

したがって、譲渡側企業の従業員が転籍し、譲受側企業の処遇規定に合わせた労働契約を結ぶことによって、従来よりも労働環境が良くなるケースも多いでしょう。その意味で事業譲渡は、社員にとってチャンスになり得るという考え方もあります。

以下の動画では、事業譲渡と株式譲渡の比較解説をしています。ご参考までご覧ください。

事業譲渡での社員・従業員のメリット・デメリット

ここでは、事業譲渡側の社員が得られるメリットと、被るかもしれないデメリットを確認しましょう。まずは、メリットからです。

メリット

事業譲渡が行われる際に社員が得られるメリットには、以下のようなものがあります。

  • 就職活動せずに雇用機会を得る
  • 組織再編・社員の再配置
  • キャリアアップ

それぞれの内容を説明します。

就職活動せずに雇用機会を得る

事業譲渡によって転籍となる社員は驚きもあるかもしれませんが、見方を変えると、就職活動の苦労をせずに新たな職場での雇用機会を得るというメリットがあります。事業譲渡の譲受側企業は、大体が事業譲渡側よりも営業規模が大きく、より高い処遇となる可能性が高いでしょう。

業務内容は変わらないとしても、事業に投資される予算規模が多かったり、市場シェアを大きく持っている環境で仕事をしたりなど、モチベーションが上がる労働環境に身を置ける機会を得られます。

組織再編・社員の再配置

事業譲渡によって、社員が希望業務に就ける可能性があることもメリットの1つです。事業譲渡による社員の転籍後、譲受側企業では間違いなく組織再編と社員の再配置が行われます。

社員側が転籍時の労働契約締結の際に処遇の希望をきちんと伝えておくことで、以前の職場ではかなわなかった担当業務の変更や所属部署の異動などが実現するでしょう。場合によっては、新たなポジションに処遇される可能性もあります。

キャリアアップ

事業譲渡による社員の転籍は、実質的にキャリアアップにつながるメリットもあります。事業譲渡の譲受側企業のほとんどは、事業譲渡側企業よりも会社規模が大きいでしょう。そのうえ、さらに事業譲渡で転籍する社員が加わるわけですから、より会社規模が膨らみます。

大きな組織で仕事をすることや営業力が高い職場に身を置くことは、新たなスキルを得ることにもなり、キャリアアップに直結するのです。また、営業規模が大きな企業であれば、研修その他の制度により、リスキリングのサポートを受けられるチャンスもあるでしょう。

デメリット

一方、事業譲渡が行われた場合、社員は以下のようなデメリットを被る可能性があり、注意が必要です。

  • 労働条件の変化
  • モチベーション低下
  • 失業の可能性

それぞれの内容を説明します。

労働条件の変化

事業譲渡による社員の転籍では、労働条件が変わる可能性があります。労働条件変化の内容次第では、それはデメリットとなることもあるでしょう。ただし、労働条件は譲受側企業に引継がれるのが一般的です。譲受側企業の処遇規定に合わせて労働条件が良くなることもあります。

デメリットとして労働条件の変化で危惧されるのは、勤務地の変更でしょう。社員としては、以前の職場に合わせて居住地を決めていたはずです。事業が譲渡されたことで転籍後、勤務地が変わることは多く、最も懸念される注意点でしょう。

モチベーション低下

事業譲渡による転籍で社員のモチベーションが下がった場合、それはデメリットであり注意点です。モチベーションと密接な関係がある言葉としてエンゲージメントがあります。エンゲージメントは愛社精神、会社への思い入れといった意味合いです。

社員はエンゲージメントがあることで、会社に貢献しようと思い仕事のモチベーションが上がります。しかし、事業譲渡によって社風や職場環境も分からない企業に転籍となり、勤務地まで変わるとなればエンゲージメントが下がり、合わせてモチベーションの低下が起こり得るでしょう。

失業の可能性

事業譲渡の結果、社員が失業に至る可能性もあり、これは社員にとってデメリットであり注意点です。失業に至る過程は、いくつかあります。事業譲渡自体が人員整理を目的している場合や、社員自身が転籍を拒む場合、また、転籍後、何らかの理由で人員整理される可能性も否定できません。

解雇されるか自主退職するかといった違いがあっても、その根本の原因が事業譲渡であるなら、事業譲渡が社員にもたらしたデメリットだといえます。なお、社員の退職・解雇に関する詳しい内容は後述しますので、そちらをご覧ください。

事業譲渡後の社員・従業員の労働環境

ここでは、事業譲渡後、譲渡対象事業に従事する社員の処遇がどのように変化するのかを確認しましょう。

譲渡対象事業に従事する社員の処遇

譲渡対象事業に従事している社員は、事業譲渡によって以下のいずれかの処遇を受けます。

  • 転籍
  • 再雇用
  • 出向
  • リストラ(整理解雇)

それぞれの処遇の内容を説明します。

転籍

事業譲渡において、譲渡される事業に従事している社員は、転籍を求められるのが一般的です。手続きの流れとしては、該当社員が事業譲渡側企業を退職し、譲受側企業に入社します。ただし、転籍するかしないかは、あくまでも本人の自由意思です。

転籍に異論がなければ、譲受側企業に入社する際、新たに労働契約を締結します。転籍の場合、前職と同等の処遇が維持されるのが基本です。

転籍同意書

事業譲渡により社員に転籍を求める場合、対象社員から転籍同意書(または転籍承諾書)を取り付けることが必要です。これは、民法625条「使用者の権利の譲渡の制限等」において以下のように定められています。

使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。

出典: elaws.e-gov.go.jp

事業譲渡において転籍するかどうかは、この民法の規定により、社員本人の判断に委ねられています。

再雇用

再雇用は、手続きの流れとしては転籍と変わりません。事業譲渡側社員が会社を退職し、譲受側企業に再雇用され入社します。再雇用と転籍の違いは、社員の処遇内容の違いです。

転籍では前職と同等の労働条件が維持される前提ですが、再雇用では譲受側企業が処遇内容を自社の規定に沿って決めます。ただし、譲受側企業が一方的に決めるのではなく、譲渡側企業と社員本人の同意がなければなりません。

再雇用が行われるのは、事業譲渡側企業と譲受側企業の給与規程や雇用規定に差がある場合です。このケースでは、譲受側企業の方が高い処遇規定であることが多く、社員の雇用条件も前職より良いものとなるでしょう。

出向

事業譲渡において社員が転籍や再雇用に難色を示した場合、出向という処遇が行われることもあります。出向とは、社員が事業譲渡側企業に在籍した状態のまま、譲受側企業へ赴き仕事を行うことです。

譲受側企業において正社員数を増やしたくない事情があれば、最初から出向形態を提案されることもあるでしょう。また、出向の場合、社員が譲受側企業の労働環境に慣れた段階で、あらためて転籍を検討できる余地もあります。

リストラ(整理解雇)

事業譲渡において、譲受側企業が事業規模拡大のために同業種を買収した場合、将来的にリストラが行われる可能性があります。同業種の事業譲渡の場合、すでに事業を担える社員は一定数在籍しているため、先々で余剰社員が生じてしまうかもしれません。

能力やスキル、十分な経験を持っている社員であればリストラの対象外ですが、事務的な業務のような場合、コストカットの対象になりやすい傾向があり注意が必要です。

転籍に不同意の社員・従業員の処遇

事業譲渡の際、転籍に同意しない社員の選択肢は以下のどちらかです。

  • 残留
  • 退職

それぞれの内容を説明します。

残留

複数の事業を行っている企業が1つの事業を譲渡し、その際の転籍を拒絶した社員がいれば、その社員は会社に残留します。そして、これまでとは違う部署の配属になり、新しい業務に就かなければなりません。

今まで担当していた業務は、事業譲渡でなくなってしまったからです。新しい業務の経験がない社員に対して、今までと同じ待遇を取れるかどうか会社側も検討する必要があります。

退職

事業譲渡による転籍を拒絶した社員が、結果的に退職を選ぶケースもあります。会社に残留しても新たな別の部署での仕事には対応できないため、退職を選ばざるを得ない状況です。

この場合、形式的には社員の自己都合退職にも見えますが、「他に選択肢がなかった」という判断もできます。つまり、実質的には解雇とも判断できるため、後日、労働争議になった場合、解雇予告手当の支払いが求められるでしょう。注意しておくべき点です。

社員転籍時の注意点

事業譲渡において、譲受側にとっては社員の転籍は必須事項です。事業に必要な資産や権利を取得しても、それを担う社員がいなければ事業は行えません。

したがって、多数の転籍拒否社員が出たり、事業の中心となる社員が転籍拒否したりなどの事態が明るみになれば、譲受側が事業譲渡契約を破談にする可能性もあります。事業譲渡側がM&Aを成功させるためには、社員からできるだけ転籍拒否者が現れないようにする注意が必要です。

事業譲渡後の社員・従業員の労働条件承継

事業譲渡後、譲受側企業では、転籍してくる社員の雇用にあたって、最大で以下の3点を事業譲渡契約の条件として承継する可能性があります。

  • 給与・待遇条件の承継
  • 有給休暇の承継
  • 未払い賃金の承継

それぞれの内容を説明します。

給与・待遇条件の承継

転職活動をした社員が会社を退職し、新しい会社に入社した場合、前職の労働契約は解除されて新たな雇用主と新たな労働契約を結びます。通常、そのようなケースでは前職の給与額や労働条件は承継されません。

しかし、事業譲渡における転籍は、本来、社員が自ら望んだ転職ではないため、給与額や処遇面を承継するのが一般的です。事業譲渡の譲受側企業としては、買収した事業を営業するために社員の存在は欠かせません。

転籍にあたって前職の待遇承継を行わないと、社員から転籍への同意が得られなかったり、転籍後すぐに退職してしまったりする可能性があります。したがって、転籍同意書(または転籍承諾書)には、転籍先での業務内容と共に労働条件が記載される形式を取るのが一般的です。

労働条件の中でも給与額と待遇は、転籍において最低限、承継を保証する条件となっています。

有給休暇の承継

有給休暇も、一般的な転職では承継されません。しかし、事業譲渡での社員の転籍は特殊な転職であるため、譲受側企業が有給休暇も承継します。有給休暇とは社員(労働者)の権利であり、その義務は雇用者が負うものです。

事業譲渡で譲渡・承継される権利・義務に含まれるものの1つという観点から、社員が前職で未消化であった有給休暇は譲渡側企業に承継されます。ただし、譲受側企業に入社後の新たな有給休暇の付与の仕方に関しては、譲受側企業の規定に沿ったものとなるでしょう。

未払い賃金の承継

事業譲渡側で社員の残業代、休日出勤手当などの未払い賃金があるのなら、その支払い義務があるのは事業譲渡側です。未払い賃金を事業譲渡側が支払わずに譲受側企業が承継するのであれば、その費用分は事業譲渡の対価から差し引かれます

注意したいのは、未払い賃金が簿外債務化しているケースです。簿外債務は、故意ではなく事業譲渡側も把握していないことも多くあります。簿外債務化した未払い賃金が事業譲渡後に発覚した場合、転籍してきた社員としては現在の雇用者(譲受側企業)に請求するでしょう。

しかし、本来の支払義務者は事業譲渡側です。この問題の対処法としては、事業譲渡契約を結ぶ前のデューデリジェンス(譲渡側企業に対する調査)にて、徹底的に簿外債務の有無を確認することが第一にあります。

次に、事業譲渡契約において、「表明保証」条項に違反があった場合(簿外債務が後日、発覚した場合)における事業譲渡側の責任の取り方を明記しておくといいでしょう。

特殊なケースの事業譲渡

事業譲渡を利用して結果的にリストラを行ったり、特定の社員を排除したりなどが過去に行われたことがあります。

しかし、日本では労働基準法や労働契約承継法により労働者の権利が強く守られているため、リストラあるいは排除された社員から裁判所に訴えられた場合、リストラや排除は無効と判断されることがほとんどです。

場合によっては、事業譲渡そのものが無効と判断される可能性もあり注意しなければなりません。ここでは、止めておいた方がよい特殊な事業譲渡を2ケース紹介します。

リストラが目的の事業譲渡

リストラを目的とする事業譲渡とは、以下のように行われます。

  1. 経営者が別会社を設立
  2. 現会社から別会社へ主力事業を事業譲渡
  3. リストラ対象外の社員のみ別会社へ転籍
  4. 現会社が廃業手続き
  5. リストラ対象社員は自動的に解雇

通常、廃業による解雇はやむを得ない措置として、会社は責任を問われません。しかし、上記のケースでは、事実上、譲受側の経営者が事業譲渡側と同一であるため、解雇となった社員から訴えられれば法人格否認の法理(法人格の濫用)が適用され、事業譲渡が無効になる可能性が大です。

特定の社員・従業員の排除が目的の事業譲渡

事業譲渡において、労働組合に加入し会社に敵対的な言動をすることが多い社員の排除が行われた例もあります。フローで示すと以下のとおりです。

  1. 譲渡側から譲受側へ主力事業を事業譲渡
  2. 特定の社員以外は譲受側へ転籍
  3. 譲渡側が廃業手続き
  4. 特定の社員は自動的に解雇

この事業譲渡は、煙たい存在の社員の転籍を譲受側が嫌ったものです。譲渡側経営者から進言があったのかもしれません。しかし、裁判の結果、譲受側は全社員を承継する合意であるにもかかわらず特定社員の排除を行ったとして、特定社員の転籍受け入れを命じる判決が出ました。

事業譲渡における社員・従業員の退職

事業譲渡による転籍に同意した社員は、事業譲渡側企業を退職し譲受側企業に入社することになります。また、転籍に同意せず自己都合で退職する社員もいるでしょう。ここでは、事業譲渡側社員の退職の取り扱いに関して、退職日、退職金、引継ぎ業務の注意点などを確認します。

退職日

事業譲渡で転籍する社員の場合は、譲受側企業への入社日との兼ね合いや、社員が有給休暇を消化するか持ち越すかの意思次第で退職日は変動するでしょう。いずれにしても譲受側企業の受け入れ態勢も含めて、3者で協議して退職日を決めます

社員が自己都合で退職する場合には、社員と協議して退職日を決める流れです。また、会社都合による退職=解雇となる場合は、退職日(解雇日)の30日前までに会社は解雇を通告しなければなりません。

退職金

一般的な社員の退職であれば、社員の退職時に会社の退職金規程にのっとって退職金が支払われます。しかし、事業譲渡で転籍する社員の退職は特殊なケースです。

そのため、退職金の取り扱いは、通常どおり退職時に事業譲渡側企業が退職金を支払う場合と、譲受側企業が退職金を引継ぐ場合とに分かれます。それぞれの退職金の取り扱い内容を確認しましょう。

退職金を譲渡側が支払う

事業譲渡による転籍で退職する社員に対する退職金の取り扱いの1つ目は、通常どおり事業譲渡側企業の退職金規程にのっとって退職金が支払われるケースです。退職金の支払いを受けた社員は、譲受側企業に転籍(入社)後、新たに譲受側企業の退職金規程が適用されることになります。

つまり、退職金規程で金額を左右する勤続年数はリセットされるということです。なお、自己都合退職者への退職金の支払いも同様に行われます。

退職金を譲受側が承継

事業譲渡で転籍する社員の退職金を事業譲渡側企業が支払わず、譲受側企業が引継ぐケースもあります。転籍時に退職金の支払いを受け勤続年数がリセットされることに不満を持ち、転籍に難色を示す社員がいて営業に支障が出るかもしれません。その場合の対応策として用いられる方法です。

ただし、本来は事業譲渡側企業が支払うべき退職金ですから、引継いだ退職金額分は事業譲渡の対価から差し引かれます。なお、その際の退職金額は、事業譲渡側の退職金規程にのっとった計算となることに注意が必要です。

退職金支払いの注意点

退職金の所得税控除額は以下のように定められています。

  • 勤続20年まで:勤続年数×40万円 ※最低80万円
  • 勤続20年超:800万円+(勤続年数ー20)×70万円

事業譲渡で転籍した社員の退職金の所得税控除額計算では、通常、転籍時に勤続年数はリセットされてしまいます。ただし、譲受側企業の退職金規程において、前職の勤続年数を加算して退職金計算をする旨が定められていれば、勤続年数の合算が可能です。

退職に伴う引継ぎ業務

ここでは、事業譲渡による転籍には応じず退職を選択した社員の担当してきた業務を、譲受側企業の社員に引継ぎが必要なケースと不要なケースにおける退職手続きについて確認しましょう。

譲受側社員・従業員間の引継ぎ業務があるケース

譲受側企業の社員への引継ぎ業務がある場合、営業に支障が出ないためには事業譲渡の効力発生日までに引継ぎが終わるよう手続きを進めるのが目標になります。問題になるのは、退職日が事業譲渡の効力発生日よりも前に設定されていて、引継ぎ業務が退職日までに完了しなかった場合です。

その場合は、退職する社員を説得して退職日の変更手続きを行うか、引継ぎが完了するまでの短期間の労働契約を結び直すかの手続きが必要になります。

譲受側社員・従業員間の引継ぎ業務がないケース

譲受側企業社員への引継ぎがなく、事業譲渡側企業内での引継ぎのみの場合は、退職する社員の退職日までに引き継ぎが完了するよう手続きをスケジューリングします。このケースでは、退職日が事業譲渡の効力発生日を超えないように設定することがポイントです。

譲渡される事業部門が移転しない場合、事業譲渡の成立により、その事業所は譲受側企業の職場になります。転籍していない社員の出入りには制限がかかるため注意が必要です。

事業譲渡での社員・従業員のリストラ

事業譲渡を実施する際、譲渡事業に従事する社員全員の転籍(譲受側での雇用)が確保できない場合があります。また、事業譲渡による営業規模縮小のため、譲渡事業以外の事業に従事する社員の人数を減らさざるを得ないこともあるでしょう。

それらのケースでは、営業を維持するために社員をリストラせざるを得ません。その際、どのようなリストラ方策があるのか確認しましょう。

事業譲渡でのリストラ方策

事業譲渡時にリストラする場合、以下の4つの方策があります。

  • 退職勧奨
  • 早期退職
  • 希望退職
  • 整理解雇

それぞれの内容を説明します。

退職勧奨

退職勧奨とは、会社側から直接、特定社員に対し退職を打診することです。社員がそれを受け入れて退職した場合、区分けとしては自己都合退職となります。したがって、退職勧奨は厳密にはリストラではありません。雇用調整方法の一種といえるでしょう。

また、社員が退職勧奨を拒絶した場合は、別の方策を取るしかありません。

早期退職

早期退職とは、定年前に社員自らの選択により退職する制度です。多くの場合、早期退職に応じる社員が出現しやすいように、早期退職者には退職金の上乗せ方式が用いられています。

そのため、支払い退職金額が上がり、一時的にはコスト面でデメリットです。ただし、長期的観点では人件費の削減につながるため、早期退職制度が導入されています。

希望退職

希望退職は、在籍する社員全体に対して退職者を募集する方策です。退職勧奨のように、個別で特定の社員に対して行うものではありません。希望退職に応じる社員の場合、区分けとしては会社都合退職になります。

社員が退職後、失業手当の給付を受ける場合、自己都合退職の支給待期期間が2~3カ月であるのに対し、会社都合退職の支給待機期間は7日間です。

なお、希望退職に応じた社員が優秀で会社に残留してほしい場合、会社は引止め交渉ができます。引止め交渉を受けた社員がそれでも退職する場合は、区分けは自己都合退職です。

整理解雇

整理解雇とは、会社が営業を継続するために人員削減が必要な状態で行う解雇のことです。整理解雇とみなされるには、以下の条件を満たす必要があります。

  • 解雇しないために最大限の努力をした証明
  • 人員削減の確固たる必要性
  • 解雇される社員に対する手続きの正当さ
  • 解雇される社員を公平かつ合理的に決めている

これらの条件を満たさない解雇は解雇権の濫用とみなされ、裁判では撤回を命じられる判例が出ています。

事業譲渡での社員・従業員の転籍失敗理由

事業譲渡の際、譲渡側社員の転籍が失敗する理由として以下の項目が考えられます。

  • 優秀な社員の流出
  • 企業風土
  • 経営ビジョン
  • 処遇内容
  • PMIの失敗

それぞれの内容を説明します。

優秀な社員の流出

社員にとって事業譲渡による転籍は、青天のへきれきです。その際、力のある社員ほど、「他人の意思で所属会社を変えられた」ことに怒りや反発心を覚えるケースもあります。経営側がきちんと事情を説明しなければ、転籍を拒絶し退職してしまうこともあるでしょう。

突然の転籍命令で将来への心配や不安を感じていた他の社員たちも、優秀な社員が退職するのを見て追従する可能性もあります。譲受側企業が社員の獲得も事業譲渡の目的にしている場合、優秀な社員や多くの社員の離脱は看過できない事態であり、事業譲渡が破談になるかもしれません。

企業風土

どの会社にも自然に培われた企業風土があります。社歴の長い会社であるほど、それは強く根付いているでしょう。事業譲渡の転籍先の企業風土が事業譲渡側の企業風土と似ていれば、転籍した社員もさほど戸惑うことなく仕事に向かえるはずです。

しかし、企業風土が大きく異なるケースではなかなか溶け込めず、譲受側に元からいた社員と、事業譲渡で転籍してきた社員が派閥化してしまい、業務の円滑性に支障が生じる可能性があります。

経営ビジョン

事業譲渡で転籍する社員は、転職活動の中で会社の実績や経営ビジョンなどに関心を持ち、希望して入社するわけではありません。極端な言い方をすれば、見ず知らずの会社に突然放り込まれるわけです。

したがって譲受側企業は、社員の転籍時に丁寧なガイダンスを行い、経営ビジョンも含めた自社の説明をきちんと行う必要があります。これを怠ると、転籍はしたものの会社になじめず、結局、退職してしまう事態になりかねません。

処遇内容

事業譲渡による転籍前と後で、少しでも処遇が落ちると知った社員は転籍に応じないでしょう。譲受側もそれは心得ているので、給与額や手当などの待遇条件を、転籍時にそのまま維持することがほとんどです。

しかし、一定期間を経て、譲受側の人事考課制度や給与規程などにのっとった処遇変更を行うケースがあります。その際に処遇が落ちた場合、退職を選ぶ社員が出るかもしれません。社員の流出を防ぐには、規程のフレキシブルな対応が求められます。

PMIの失敗

PMI(Post Merger Integration)とは経営統合プロセスを意味する言葉です。事情譲渡に限らずM&Aを実施した譲受側では、必ず行われます。PMIは、大きく分けて経営・業務・意識の統合を、数カ月以上かけて行うものです。

そのためには、綿密なPMI計画を策定しなければなりません。このPMI計画策定を十分に練り込んで行わないと、PMIが失敗に終わる可能性が大です。その場合、想定していた業績の向上やシナジー効果の創出は実現できないでしょう。

事業譲渡で社員・従業員へ上手に対応するには

事業譲渡実施時、社員に対応する際は以下の3点を肝に銘じておくべきです。

  • 社員・従業員の立場になる
  • 事業譲渡の発表時期に注意する
  • 事業譲渡による社員・従業員のメリットを丁寧に説明する

それぞれの内容を説明します。

社員・従業員の立場になる

当たり前のことですが、社員は経営者ではありません。社員側が経営者の立場になって、状況をおもんばかることもないでしょう。

やはり、経営者側が社員1人ひとりの立場になって、事業譲渡をどう受け止めるのか、転籍を受け入れられるのか、不安や不満はどんな点かなど、社員の心情をよく理解するように努めるべきです。そのうえで会社として取れる対応や、譲受側企業に要望する対策などを考えましょう。

事業譲渡の発表時期に注意する

事業譲渡を社員に伝える時期のポイントは2段階あります。事業譲渡交渉の結果、大筋で条件合意した場合、基本合意書を取り交わし、その直後、譲受側によってデューデリジェンス(事業譲渡側企業の経営状態の調査)が行われる流れです。

デューデリジェンスでは各部門の責任者の協力が必要なケースもあるため、その当事者となる社員にはこの段階で事業譲渡を知らせます。もちろん、他の社員に対するかん口令を敷き、情報がもれないようにすることが必要です。

そして、残りの社員に伝えるのは、無用な混乱を避けるため事業譲渡契約を正式に締結した後がよいでしょう。

事業譲渡による社員・従業員のメリットを丁寧に説明する

事業譲渡で転籍すれば、社員にとってどんなメリットがあるか丁寧に説明するのも重要です。メリットの一例には以下のようなものがあります。

  • 給与額や待遇面の向上
  • 譲受側企業は会社規模が大きく経営が安定している
  • 事業譲渡した方が事業の業績が向上する見込みがあり将来さらに待遇が上がる
  • 福利厚生が事業譲渡側企業よりも充実している
  • 譲受側企業が上場企業であれば上場企業の社員になれる

これらのメリットを分かりやすく伝え、社員が転籍に希望が持てる心情になるよう努めましょう。

事業譲渡の社員・従業員への影響まとめ

事業譲渡で転籍となる社員は立場が変わるため、人生の転換点ともいえる状況でしょう。事業譲渡は、それだけ社員に大きな影響を与えるのだということを踏まえて、転籍する社員に対応することが肝要です。

そもそも社員が転籍に応じなければ、事業譲渡の成立そのものが危うくなります。事業譲渡を成功させるためにも各社員の立場になって、会社の状況の説明や事業譲渡の理由、社員にとってのメリットなどを丁寧に説明し転籍への理解を得るようにしましょう。

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M&A・事業承継の基礎

M&Aの減税措置とは?税制改正の内容から控除までを徹底解説!

本記事では、M&Aを検討している企業向けに、最新の税制改正によるM&Aの減税措置を徹底解説します。設備投資減税、雇用確保税制、準備金積立など、各措置の適用条件から税額控除の具体的な方法まで、わかりやすく紹介。M&Aの成功につながる減税措置を学びましょう。

会社買収の価格を徹底チェック!相場や金額の算定方法・決め方は?

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会社買収の価格を徹底チェック!相場や金額の算定方法・決め方は?

会社買収を行う場合、金額の相場や算定方法を詳しく知っておく必要があります。 本記事時では、会社買収の目的や手段を紹介するとともに、価格算定方法や交渉方法について解説します。あわせて価格相場や過去にあった役立つ事例も紹介しているため、ぜひ参考にしてください。

株式譲渡の手続き方法とは?流れから必要書類・注意点まで徹底解説!

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株式譲渡の手続き方法とは?流れから必要書類・注意点まで徹底解説!

株式譲渡は多く用いられるM&A手法の1つで、国内では多くの企業で実施されています。当記事では、基本的な手続きの流れや事業譲渡との違い、必要な重要書類と記載事項、注意点を踏まえながら株式譲渡における手続きを具体的に解説します。

M&Aにおける完全成功報酬とは?相場・メリット・デメリットまで徹底解説!

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M&Aにおける完全成功報酬とは?相場・メリット・デメリットまで徹底解説!

M&Aを行う際にはM&A仲介会社を利用することが一般的です。その中で完全成功報酬を採用しているM&A仲介会社も少なくありません。今回はM&Aを検討している企業に向けて、仲介会社の完全成功報酬の仕組みやメリット・デメリットなどについて解説します。

M&Aにおける中間金とは?費用相場から支払うタイミング・注意点も解説!

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M&Aにおける中間金とは?費用相場から支払うタイミング・注意点も解説!

M&Aにおける中間金や、費用を支払うタイミングについて疑問を持たれる方が多いかと思います。 本記事では、M&Aにおける中間金の概要や支払うタイミング、相談先についても解説します。 ぜひ、参考にしてください。

M&Aの公表タイミングはいつがいい?ベストな時期や社員への伝え方まで解説!

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M&Aの公表タイミングはいつがいい?ベストな時期や社員への伝え方まで解説!

M&Aの情報開示では、公表タイミングの見極めが非常に大切です。経営者は役員や従業員にどの段階でM&Aの情報を伝えれば良いのでしょうか。当記事では、M&Aの適切な公表タイミング・方法を紹介します。従業員に説明する際のポイントや注意点も併せてチェックしましょう。

M&Aにおいての銀行の役割とは?業務内容や特徴・注意点まで徹底チェック!

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M&Aにおいての銀行の役割とは?業務内容や特徴・注意点まで徹底チェック!

M&A取引における銀行の役割を徹底解説!資金調達支援から融資、アドバイザリー業務や相談まで、銀行が提供する多様なサービスの内容と特徴を詳しく紹介します。さらに、銀行に依頼する際の注意点も明らかにし、M&A成功のための重要なポイントを提供します。

M&Aにおいてのソーシングとは?業務内容から手順・重要性・注意点まで解説!

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M&Aにおいてのソーシングとは?業務内容から手順・重要性・注意点まで解説!

M&Aにおけるソーシングの全貌を徹底解説!業務内容、実施手順、なぜソーシングが重要なのか、そして仲介会社やアドバイザーに依頼する際の注意点まで、M&A成功の鍵を握るソーシングの流れを提供します。専門家の助言を活用し、効果的なM&A戦略を策定しましょう。

事業承継の現状と課題を徹底チェック!解決策や今後の展望は?

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事業承継の現状と課題を徹底チェック!解決策や今後の展望は?

事業承継の現状と課題を徹底分析!後継者不足、資金調達、税務問題など、中小企業が直面する多様な問題点を明らかにし、実効性のある解決策を紹介。M&Aの活用、専門家のアドバイス、公的支援の利用など、事業承継の現状を変えるための具体的な戦略と今後の展望を解説します。

合併とは?種類から手続き方法・メリット・成功事例まで徹底解説!

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合併とは?種類から手続き方法・メリット・成功事例まで徹底解説!

本記事では、M&Aにおける企業合併の基本から、吸収合併と新設合併の違い、手続きの流れや方法、メリットとデメリット、さらに成功事例までを詳細に解説。M&Aや合併を検討している関係者にとって、買収・売却の意思決定をサポートするための貴重な情報や事例が満載です。

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