事業譲渡のM&Aとは?メリットや手法と株式譲渡/会社売却との違いを解説!

事業譲渡はM&A手法の1つです。M&A手法の中でも事業譲渡ならではの特徴が複数あります。事業や資産や負債を切り離して承継できる点、対価が現金のみの点、手続きが煩雑な点などが大きな特徴です。関連性の高い企業間で実施されるケースが多いでしょう。

目次

  1. M&Aにおける事業譲渡とは
  2. 事業譲渡と他のM&A手法との違い
  3. M&Aを事業譲渡で行うメリット
  4. M&Aを事業譲渡で行うデメリット
  5. 事業譲渡が適するケース
  6. M&Aを事業譲渡で行う流れ
  7. M&Aを事業譲渡で行う際の手続き
  8. M&Aを事業譲渡で行う際の注意点
  9. M&Aを事業譲渡で行う際の課税内容
  10. M&Aを事業譲渡で行う際の仕訳
  11. 事業譲渡のM&A事例
  12. 事業譲渡のM&Aまとめ

M&Aにおける事業譲渡とは

事業譲渡はM&Aの手法の一種です。株式譲渡に次いで多く採用されるM&A手法になります。ではそもそもM&Aとはどのようなものか、事業譲渡とは何かを解説します。

M&Aとは

M&AとはMergers(合併)and Acquisitions(買収)の略です。合併は2つ以上の会社が1つになることで、買収は会社が他の会社を買うことです。M&Aには複数の手法があります。まず大枠では、買取、合併、分割に分けられます。そして、3つの大枠からさらにそれぞれ細分化されます。

まず買収は株式取得と事業譲渡に分けられます。株式譲渡はさらに以下の3種類です。

  • 株式交換
  • 株式移転
  • 株式交付

それぞれの概要については後述します。次に分割は新設分割か吸収分割かの2種類、分社型分割か分割型分割かの2種類、計4種類に分類されます。それぞれの概要は後述します。 合併は新設合併と吸収合併に分けられます。

事業譲渡とは

事業譲渡はM&A手法の1つです。M&Aの中でも買収の手法の一種になります。事業譲渡では、売却側の企業が事業全体、もしくは事業の一部を買収側の企業に渡します。事業譲渡と他の手法との違い、事業譲渡の流れ、事業譲渡のメリット、デメリットなどについては後述します。

事業譲渡と他のM&A手法との違い

事業譲渡と他のM&A手法の違いについて解説していきます。

株式譲渡・会社売却との違い

まずは株式譲渡・会社売却との違いについて解説していきます。株式譲渡はM&A手法の一種です。株式譲渡によって会社が売却されるため、会社売却と言われる場合もあります。

株式譲渡・会社売却とは

株式譲渡とは、売却企業が保有する株式を買収企業に売却する取引のことです。株式を譲渡することによって会社自体が売却されるので、会社売却とも言われます。逆に言えば、株式譲渡以外のM&A手法は会社を売却するわけではありません。株式譲渡の手法は以下の3種類に分けられます。

  • 株式交換
  • 株式移転
  • 株式交付

事業譲渡との違い

事業譲渡も株式譲渡も買収の一種です。事業譲渡と株式譲渡は複数の違いがありますが、もっとも大きな違いは売却企業の一部の事業を買収企業が取得するのか、売却企業そのものを買収企業が取得するのかという点になります。

そのため、事業譲渡では売却企業の経営権自体は売却企業に残りますが、株式譲渡では経営権が買収企業に移動します。また株式譲渡では経営権と同時に、資産や債務も移動します。平たく言えば、事業譲渡は選択的に企業を売却するのに対し、株式譲渡は全面的に企業を売却します。

その結果、株式譲渡は手続きが包括的なのに対し、事業譲渡では資産、負債、事業ごとに個別に手続きを行う必要があります。その分手続きが煩雑になる場合が多いです。

事業譲渡と会社分割の違い

事業譲渡は事業の売買ですが、会社分割は組織再編です。事業譲渡では譲渡する資産や債務を取捨選択できますが、会社分割の場合は包括的に承継されます。また事業譲渡の対価は現金ですが、会社分割の対価は株式か現金かを選択できます。

他にも、会社分割は消費税が課税されるのに対して事業譲渡は消費税が課されない、会社分割は契約移転手続きが比較的簡単だが事業譲渡は複雑になる場合が多い、といった違いもあります。

会社分割とは

会社分割は買収、合併とは別の第三のM&A手法です。さらに会社分割は新設分割と吸収分割に分けられます。吸収分割では、譲受側の企業が譲渡側企業の権利義務の全部、もしくは一部を分割して承継します。

新設分割では譲受側が新たに企業を設立し、その新設した企業が譲渡側企業の権利や義務を承継します。また分割の対価を譲受側の企業が受け取る場合は分社型分割、株主が受け取る場合は分割型分割となります。以下それぞれの概要を表にまとめました。

新設分割

譲受側の会社が新たに会社を設立します。

新たに設立された会社が譲渡側の事業の権利、義務を承継します。

グループ内再編の手法として用いられることが多いです。

譲受側が単独で行う場合もあれば、共同で複数企業で行う場合もあります。

吸収分割

譲渡側が特定の事業を分割して譲受側に承継します。

事業に関する権利、義務の一部、もしくは全部が承継されます。

会社を新設せずに、既存企業が承継する点が新設分割との違いです。

分社型分割

分割の対価として譲受側企業の株式を譲渡側企業に割り当てます。

分割型分割

譲受側企業の株式を譲渡側企業の株主に対して割り当てます。

分社型分割は企業に割り当てるということでした。

一方で、分割型分割は株主に割り当てるという違いがあります。

上の表の新設分割、吸収分割、分社型分割、分割型分割をそれぞれ組み合わせて分割の手法は決まります。たとえば、新設分割の分社型分割といったイメージです。新設分割の分社型分割の場合、譲受型は会社を新設し、譲渡側企業には対価として譲受側企業の株式が割り当てられます。

吸収分割で分割型分割の場合、譲受側企業が譲渡側企業の事業の権利、義務を承継し、対価として譲渡側企業の株主に譲受側企業の株式を割り当てます。

目的

会社分割の目的は、資産の獲得や事業再編です。まず会社分割では譲受側は資産を承継するので、資産が増加します。企業に割り当てる場合と株主に割り当てる場合がありますが、いずれにしても譲受側企業の関係者の利益につながります。

また事業を再編するという目的もあります。特にグループ会社内での会社分割が行われた場合などは、事業再編が主な目的である場合が多いでしょう。会社分割によりグループ会社内の事業の一部が別の会社に移り、事業展開をしやすくなるといったイメージです。

事業譲渡の目的も基本的には会社分割と同じですが、譲渡する事業を個別に選択できるのが大きな特徴です。

不要資産や債務の引き継ぎ

事業譲渡では、不要資産や債務をどこまで引き継ぐのか細かく決められます。だからこそ手間がかかるのですが、細かく契約で決められる点はメリットと言えるでしょう。一方で、会社分割は不要資産や債務も含めて自動的に承継されます。そのため譲受側にとって承継したくないものまで含まれてしまう場合もあります。

対価の内容

事業譲渡の対価は現金のみです。株式を対価にすることはできません。一方で、会社分割の場合は対価を現金にするか株式にするか選択できます。株式を対価にする場合、既存の株式を集めるのではなく新株を発行しても問題ありません。この場合資金など資産の準備は不要です。選択肢が多いという意味では、対価については会社分割の方に分があります。

消費税

会社分割は消費税が課税されないのに対し、事業譲渡では消費税が課税されます。会社分割は自動的に資産や負債が承継されるので消費税がかからないということです。事業譲渡の場合は企業間で譲渡する資産や負債を選択するので、選択したものの中で課税資産に対しては消費税がかかる仕組みです。

契約の移転

会社分割では、包括的に承継されるので移転手続きが比較的簡単です。一方で、事業譲渡では債権、債務ごとに個々に契約の移転手続きを行う必要があります。契約の移転に手間がかかる点も事業譲渡のデメリットと言えるでしょう。

事業譲渡と合併の違い

事業譲渡はM&Aの買収の手法の一種です。一方で、合併は買収とは別のM&A手法です。買収は売却企業そのものや一部の事業が買収企業のものになりますが、合併は2つ以上の法人が1つの法人になるM&A手法です。

合併の手法は新設合併と吸収合併に分けられます。新設合併は新たに法人を設立するのに対し、吸収合併では既存の会社が親会社となります。新設合併の場合は新株が発行されますが、吸収合併の場合は親会社の株式が割り当てられます。

事業譲渡の場合は債権や債務を個々に譲渡対象にするかどうか決めるということでしたが、合併の場合は上記のようにパターンで決まってきます。包括的に承継するという点では、会社分割の方が合併に近いでしょう。

事業譲渡と株式交換・株式移転・株式交付との違い

株式交換、株式移転、株式交換はいずれも株式が移動するM&A手法です。それぞれ会社を新設するかや対価の違いがありますが、事業譲渡のように特定の事業を売買し、その対価として現金を支払うM&A手法ではありません。そのため、いずれも事業譲渡とはまったく異なるM&A手法です。株式譲渡とは一部類似する部分があります。株式交換、株式移転、株式交付の概要はそれぞれ以下のようになっています。

株式交換

子会社となる会社の株主に対して、親会社となる会社の株式と交換する手法です。

株式交換を行うことで、買収企業と売却企業は100%親会社と100%子会社の関係になります。

株式移転

買収側が株式会社を設立し、売却側の株式を新設会社に取得させます。

事業を統合したいが、いきなり合併をすると軋轢が大きい場合に用いられる場合が多いです。

つまり株式移転後に合併が実施されることが多いということです。

株式交付

買収側が売却側を子会社化するための手法です。

売却側の株式を譲り受け、その対価として買収側の株式を交付します。

株式の交付を子会社ではなく子会社株主に対して行う点が株式交換との大きな違いです。

事業譲渡と第三者割当増資との違い

第三者割当増資は会社が新たに株式を発行し、この株式の割り当て権利を第三者に譲渡することです。M&Aの手法として第三者割当増資が用いられる場合もありますが、逆に言えばM&A手法ではなく、単なる資金調達の手法として用いられる場合もあります。一般的には、M&Aではなく増資の手法である場合が多いでしょう。

事業譲渡のように事業の売買を行うわけではないため、事業譲渡と第三者割当増資はまったく異なる手法です。共通点としては、現金を調達できることです。事業譲渡の場合は事業や資産の対価として現金を調達でき、第三者割当増資では新株の対価として現金を調達できます。

事業譲渡とTOB・MBOの違い

TOBは既存株主から株式を買い付けることです。株式譲渡の手法の1つで、不特定多数の株主に対して買付け期間、価格、買付け予定株数などを公表して買い付けるという特徴があります。

MBOは企業の経営陣が既存株主から自社株を買い付けてオーナー経営者となる手法です。そのため、TOBとMBOは類似する、もしくはTOBでありMBOでもある、といったケースもあるでしょう。

たとえば上場企業の経営陣が公開買付けで既存株主から株式を取得してオーナー経営者になった場合、TOBでもありMBOでもあります。いずれにしても売買しているのは株式なので、その点で事業譲渡と異なります。

M&Aを事業譲渡で行うメリット

次にM&Aを事業譲渡で行うメリットです。売却側、買収側にそれぞれメリットがあります。

売却側のメリット

まずは売却側のメリットから解説します。

事業を選んで売買できる

事業譲渡と他のM&A手法との大きな違いは、売却する事業を選択できるということです。事業だけでなく、資産や負債も選択できます。事業譲渡での売却企業は、企業自体を売却して経営を辞めたいわけではなく、自社にとって優先度の低い事業から撤退したい場合が多いです。

そこで事業譲渡によって自社にとって不要な事業を売却し、主力となる事業に経営資源を集中させるということです。そして株式を買収側に渡す必要もないため、子会社にならずに主力事業を継続できます。

負債があってもM&Aを実施しやすい

株式譲渡など他のM&A手法では、買収側は売却側の負債も承継しなければなりません。そのため、買収側はなるべく負債のない企業を買収したいと考えるでしょう。一方で、事業譲渡の場合は売却側に負債があるかどうかは買収側に無関係です。

印象面では影響してくる可能性がありますが、負債を引き受ける必要がない分実際のデメリットはありません。そのため負債のある企業は事業譲渡を選んだ方が譲渡先を見つけやすいでしょう。

法人格は存続する

事業譲渡は事業を切り離して売却するM&A手法です。そのため、売却側の法人格はそのまま継続されます。経営権はそのまま継続するので、会社経営を続けられます。売買する資産も選択できるため、M&A成立後に経営しやすい形に売買するよう交渉することも可能です。

買収側のメリット

次に買収側のメリットです。

不要な資産や債務を取得せずにすむ

買収側は自社にとって必要な事業や資産のみ買収したいと考えています。逆に言えば、不要資産に対して対価を支払うことや、当然債務を承継することは避けたいです。事業譲渡は売買する資産と負債まで選択できるので、買収側にとっても大きなメリットになります。

節税対策

事業譲渡によって取得した資産、負債の差額はのれんとして計上します。そして事業譲渡で取得したのれんは5年かけて償却することが可能です。たとえば資産の取得にかかった費用よりも実際に取得した資産価値の方が小さかった場合、5年間税務上の損金として計上できるということです。

M&Aを事業譲渡で行うデメリット

次にM&Aを事業譲渡で行うデメリットです。

売却側のデメリット

まずは売却側のデメリットを解説します。

手続き面の煩雑さ

事業譲渡は包括的に承継するわけではなく、事業の選択も資産や負債の選択も個別です。そのため、それぞれ個別に手続きをする必要があります。たとえば買収した事業で働いていた従業員を雇用する場合、改めて契約が必要です。また取引先や顧客も同様です。

すべての関係者との調整が必要で、また事業の権利上公的な機関に登録などが必要な場合、それも改めて行う必要があります。このように、事業承継は自由度が高い分手続き面できっちりやらなければならないことが多いです。

どちらかというと買収側の方が手続きが多くなりますが、売却側は買収側がスムーズに手続きを進められるようサポートする必要があります。

競業避止義務

事業承継の場合は売却側の企業も存続するので、競業避止義務が発生します。競業避止義務は、買収側と競合になるような行為を一定期間行ってはならないという義務のことです。たとえば事業譲渡をした後に、再度類似する事業を立ち上げて同じ地域で活動を行うようなことはNGです。

競業避止義務は取り決めを行わなかった場合は20年、最大30年まで延長できます。ただし実態としては競業避止義務は20年よりも短く契約する場合が多いでしょう。具体的には、2年~5年程度が相場と考えられます。売買企業間の交渉次第ということです。

譲渡益は課税対象

事業譲渡によって売却側が得た譲渡益は課税対象です。具体的には、法人税、地方法人税、法人住民税、事業税法人税が課されます。トータルでは30%程度になるのが一般的でしょう。また総合課税方式なので、個別に計上して節税することは不可です。

株式譲渡の所得税は20%程度なので、税金面では事業譲渡の方が高くなってしまう場合が多いです。例外的に、損金や所得を計上して課税額を減らせる場合は事業譲渡の方が節税できる可能性もあります。

買収側のデメリット

次に買収側のデメリットを解説します。

手続き面の煩雑さ

事業譲渡は売却側の手続きが煩雑だと解説しましたが、買収側も同様です。むしろ買収側の方が手続きは多くなるでしょう。なぜなら、買収した事業の開始にあたって関係各所と改めて契約、登記、許認可などの手続きをしなければならないからです。

また事業譲渡を成立させる段階で、株主総会の特別決議も必要になります。事業譲渡の実施にも、実施後の事業開始にも手続きが多く大きな労力がかかります。事業が軌道に乗るまでは他のM&A手法よりも労力と時間がかかるでしょう。

顧客や従業員をすべて承継できないリスクがある

事業譲渡での買収側は手続きに手間がかかるものの、そのほとんどは着実に進めていけば消化できます。しかし例外的に、顧客や従業員については買収側企業ではどうにもできない場合があるでしょう。

なぜなら顧客や従業員と個別に交渉して契約を締結しなければならないからです。以前よりも良い条件を提示すれば契約が可能かもしれませんが、経営的観点からむしろ逆になるパターンも多いでしょう。つまり顧客、特に従業員にとって契約内容が改悪されるということです。その結果契約が締結できない場合もあります。

消費税の課税

事業譲渡の売却側には税金がかかるということでしたが、買収側にも税金がかかります。取得した資産に対して消費税が課税されます。そして消費税の原則通り、資産から負債は控除せず、資産額にそのまま課税される仕組みです。またのれんが正の場合はのれんにも消費税が課税されます。

事業譲渡が適するケース

上で他のM&Aと事業譲渡の違いを解説しました。これらの違いにより、事業譲渡にはメリットもデメリットもあります。ではこれらの違いを踏まえて、どのような場合に事業譲渡が適するのか解説します。

不採算部門を切り離したい

事業譲渡の大きなメリットは、売買する事業を選択できることです。そのため、採算部門を残して不採算部門を売却するという選択が可能です。不採算部門の赤字がなくなるため、採算部門に経営資源を集中させることができます。

不採算部門は他の企業にとっても不要なのではないかという見方もあるかもしれませんが、買収側の事業内容によってはシナジー効果を発揮し、不採算部門を黒字化できる可能性があります。

つまり自社にとっての不採算部門を採算部門にできる買収企業を探すということです。

別事業で経営を継続したい

事業譲渡で譲渡するのは事業だけなので、企業自体は存続します。上でご説明した通り、不採算部門を切り離せば採算部門に集中できるというメリットもあります。また事業譲渡後に新たな事業を立ち上げるパターンもあるでしょう。

他のM&A手法では譲渡側企業は経営自体をやめるか、子会社化するようなパターンが多いです。一方で事業譲渡は経営を継続する戦略として用いられる場合も多く、事業譲渡後に別事業を拡大し、むしろ譲渡側企業の規模が拡大するようなこともあります。

この点は事業譲渡と他のM&A手法の大きな違いと言えるでしょう。

売却したくない資産がある

M&Aの多くの手法では、売却側の資産が包括的に承継されます。一方で、事業譲渡の場合は売却したくない資産を切り離すことが可能です。金銭価値の高い資産、土地、有価証券などを残すことができます。

ただし売買企業間で交渉が発生するので、すべて売却側企業の狙い通りになるとは限りません。買収側企業は売却側にとって必要な資産を事業譲渡の対象として希望する可能性もあるでしょう。その他の条件を鑑みて、最終的にどの資産を売買するかが決定されます。

M&Aを事業譲渡で行う流れ

事業譲渡によるM&Aの流れを解説します。売買企業ごとに詳細な流れは変わってきますが、大枠は以下でご紹介する流れです。

売却ニーズの発生

M&Aのスタートは売却ニーズの発生です。これは事業譲渡に限らず、M&A全般に言えることでしょう。売却ニーズが発生したら、そのニーズを掘り下げていきます。どのような条件を求めるか、どのような売却先を求めるかといった内容です。また手法を事業譲渡にするか他のM&A手法にするのかもこの段階で検討します。

M&A仲介会社との契約・事前準備

売却ニーズがある程度固まったら、M&A仲介会社と契約し、事前準備を進めます。M&A仲介会社は無料相談を受け付けている場合が多いので、まずは複数社に無料相談するのがおすすめです。

事前準備についてはM&A仲介会社協力のもと進めた方が効率的なので、仲介会社との契約後に始めても問題ありません。ただしM&A全体の流れは時間がかかるので、実際に売却したいタイミングよりもかなり前から取り掛かる必要があります。

バリュエーション(企業価値評価)

バリュエーションの方法は複数あります。自社でも実施することが可能ですが、基本的にはM&A仲介会社など外部から評価してもらう場合が多いでしょう。バリュエーションの結果に基づき、売却希望額や条件を詰めていきます。具体的な計算方法としては、以下3つが王道です。

計算方法

評価対象

具体的な手法

 コストアプローチ 

純資産

簿価純資産法、時価純資産法

 インカムアプローチ 

将来の利益

DCF法

 マーケットアプローチ 

市場価値

類似会社比較法

相手先探し

相手企業探しは、M&A仲介会社が全面的にサポートしてくれます。なぜならM&A仲介会社には売却側も買収側も集まっているため、マッチングしやすい環境だからです。相手企業の探し方としては、シナジー効果を発揮しやすい企業、関連性が高い企業、売却側の希望条件を汲み取ってくれそうな企業などです。

M&A仲介会社が相手企業を提案し、売却希望側が判断し、条件が合いそうなら次の工程に進むという流れです。

秘密保持契約締結・相手先との交渉

相手企業と条件が合いそうなら、秘密保持契約締結を結び、相手先と交渉します。秘密保持契約は主に売却側企業の情報を公開する際に締結します。目的はM&Aを成立させることではなく、公開した情報を外部に流されないためです。

交渉内容としては、売却側企業の従業員の処遇、譲渡価格、スケジュール、流れ、手法などです。流れや手法はすでに決まっている場合が多いですが、株式譲渡など他の選択肢が出てくる場合もあるでしょう。株式譲渡に限らず、別のM&A手法が買収側から提案されるケースもあります。

基本合意書の取り交わし

売買企業間での交渉がある程度進んだら、次に基本合意書を締結する流れになります。基本合意書には法的拘束力はないので、基本合意書を締結したからといってM&Aが成立するわけではありません。

基本合意書の内容としては、デューデリジェンス、独占交渉権、買収対象などに関するものです。事業譲渡の場合は株式譲渡などよりも買収対象については細かく記載する必要があります。

基本合意書全体には法的拘束力はないものの、秘密保持、独占交渉権などについて記載した場合これらには法的拘束力が発生します。基本合意書締結後、M&A成立に向けてより具体的に進めていく流れです。

デューデリジェンス(買収監査)

デューデリジェンスは買収側企業について詳細に調査する工程です。デューデリジェンスは複数の観点から調査を進めるため、それぞれの専門家に依頼する流れです。M&A仲介会社が間に入っている場合、M&A仲介会社が手配する場合が多いでしょう。

デューデリジェンスの観点としては、財務、税務、法務、事業、人事、ITなどが挙げられます。すべての観点から調査するわけではなく、特に気になる観点に絞って調査するのが一般的です。調査する観点は買収側が指定し、売却側はデューデリジェンスに協力する流れです。

最終契約締結とクロージング

デューデリジェンスの結果に問題がなく、両者がM&Aに合意すれば最終契約締結とクロージングを行う流れです。最終契約締結を行うことでM&Aが成立します。クロージングは最終契約に従って事業、資産、負債などの移転、対価の交付を行うことです。

M&Aを事業譲渡で行う際の手続き

M&Aを事業譲渡で行う際に必要な手続きを解説します。

取締役会決議

取締役会が設置されている場合、取締役会による決議が必要です。取締役会による決議後に基本合意書締結やデューデリジェンスを実施する流れになります。つまりM&Aの比較的初期段階で取締役会で決議を取るということです。

最終契約締結前に決議を取る流れでも違法というわけではありませんが、M&Aが進んでから決議が取れないと自社にとっても相手企業にとってもデメリットが大きいです。そのためM&Aの初期段階で取締役会による決議を取る流れが一般的になります。

事業譲渡契約書の締結

売買企業双方が事業譲渡に合意した後、事業譲渡契約書を締結する流れです。事業譲渡契約書では、事業譲渡に関する細かな内容が記載されます。どの資産、負債が譲渡対象で、いつ引き渡すのかといったことです。

ただし事業譲渡契約書を締結した段階でM&Aが成立するわけではなく、最終的な法的効力は最終契約を締結した段階で発生する流れです。

公正取引委員会への届け出

事業譲渡契約書の締結後、各種書類を公正取引委員会に提出する流れです。提出する書類はM&A手法や、同じM&A手法でも状況によって異なります。事業によっては独自の書類が必要になる場合もあります。

臨時報告書の提出

臨時報告書の提出は、特定の条件に該当する場合に必要になります。M&Aを実施したら必ず必要になるというわけではありません。具体的には、株式を発行する、会社が異動する、株主が異動する、組織再編する、といった場合に必要になります。

株主への通知・公告

事業譲渡が成立したら、契約書の効力が発生する20日前までには株主に通知、公告する必要があります。ただし株主総会ですでに事業譲渡が承認されている場合は通知は不要です。公告のみの実施になります。

反対株主の株式買取請求手続き

M&Aそのものや事業譲渡という手法に反対する株主が出てくる場合もあります。その場合、反対している株主は会社に対して保有株式の買取を請求することが可能です。株主が買取請求を行うタイミングは、事業譲渡の効力発生日の20日前から事業譲渡の効力発生日の前日までの間です。

株主総会特別決議

M&Aで事業譲渡を実施したら株主総会特別決議が必須というわけではなく、特定の場合に該当すると株主総会特別決議が必要になります。具体的には、買収側は事業の全部を譲渡される場合、売却側は事業の全部を譲渡するか、重要事業を譲渡する場合です。

平たく言えば、買収側も売却側も企業にとってより大きな事業譲渡になる場合、株主総会特別決議が必要になるということです。

名義変更手続き・許認可手続き

M&Aの事業譲渡によって引き継いだ資産は、買収企業が登録、登記手続きを行う必要があります。許認可が必要な事業の場合は、許認可を取得しなければなりません。事業譲渡の場合は個別にすべての手続きが必要です。

M&Aを事業譲渡で行う際の注意点

次にM&Aで事業譲渡を行う際の注意点です。事業譲渡を含むM&Aは事前準備が重要で、流れや失敗しがちなポイントをあらかじめ把握しておくこともM&Aの事前準備に含まれます。

事業譲渡の準備は早期に取りかかる

事業譲渡を含むM&Aには時間がかかります。数か月から1年以上程度が目安です。特に不採算事業が右肩下がりになっている場合などは、M&Aを進めている間にも事業の価値が下がってしまう可能性があります。

M&Aを視野に入れている場合、実施の有無は別にして、事前に準備を進めておいた方が良いです。M&A仲介会社に相談するのは無料の場合が多いので、早めに相談するのが得策でしょう。

従業員への対応に留意する

事業譲渡によるM&Aは従業員への影響が大きいです。特に事業譲渡の対象となる事業に所属している従業員は、その後の対応に複数の選択肢があります。事前に従業員と話し合う必要があるでしょう。

従業員が不満を抱えていると、事業譲渡の前に退職してしまう可能性があります。人材も事業の資産に含まれるため、退職者が多いとM&Aによる事業譲渡が成立しなくなる場合もあるでしょう。

従業員との関係性のためにも、M&Aによる事業譲渡の成功のためにも、従業員の対応についてはあらかじめ検討し、従業員に伝える必要があります。

売却先に虚偽情報を渡さない

事業譲渡を含むM&Aにおける当然の原則ですが、売却先には正しい情報を伝えることが必須です。自社を良く見せるために虚偽情報を提示したり、虚偽とまではいかなくても色眼鏡が入っているケースもあるでしょう。

しかし買収側はデューデリジェンスを実施するので、虚偽情報に気づく可能性が高いです。虚偽が発覚すると信用を失うのはもちろん、裁判沙汰になる可能性もあります。裁判沙汰になると、詐欺罪や損害賠償に発展するかもしれません。

こういった事態を招かないためには、最初から真実のみを伝えるのが重要です。

競業避止義務

競業避止義務とは、事業譲渡後に売却したのと同じ事業や類似する事業など、買収側企業に悪影響を与えるような行為を禁止するものです。競業避止義務の期間はデフォルトでは20年に設定されていますが、売買企業間の交渉で期間を変更することも可能です。

また、そもそもどのような行為が競業避止義務違反に該当するのかも売買企業間で交渉の余地があります。契約内容に後悔したり後々トラブルに発展したりする可能性があるので、事前に戦略を立てたうえで交渉した方が良いでしょう。

M&Aを事業譲渡で行う際の課税内容

事業譲渡によるM&Aでは、複数の税金が課せられます。具体的にどのような税金が課せられるのか、どのような内容になっているのかなどについて解説します。

法人税

売却側の企業は、譲渡する事業資産と負債の差額を超えた売却金額が譲渡益として課税対象になります。法人税の税率は31%程度です。具体的には以下の計算式で計算されます。

  • 譲渡益=売却金額-(資産-負債)
  • 法人税額=譲渡益×法人税率(実効税率)

ただし法人税は譲渡益単体に課されるわけではなく、決算年度の会社の利益全体に対して課されます。具体的な法人税率は譲渡益と他の利益を合算して決まります。

消費税

M&Aによる事業譲渡では、買収側が消費税を負担し、売却側が納税します。消費税の課税対象は、売却金額から非課税資産を差し引いた金額です。2023年10月時点で消費税は10%なので、課税資産に10%をかけた金額が消費税額です。

課税資産には、土地以外の有形固定資産、無形固定資産、営業権、棚卸資産などが該当します。非課税資産は、土地、有価証券、売掛金などが該当します。

不動産取得税

M&Aによる事業譲渡で資産に不動産が含まれている場合、買収側に不動産取得税が課せられます。不動産取得税の計算方法は以下です。

  • 不動産取得税額=課税標準額×不動産取得税率

登録免許税

登録免許税は、登記申請に課せられる税金です。不動産を取得した場合法務局で登記手続きを行う必要があります。登録免許税は登録時に課されるもので、支払いと交換条件で登記できます。登録免許税は「固定資産税評価額×税率」で計算されます。登録免許税の税率は0.15%から2%程度です。

消費税を考える際のポイント

上で挙げた税金の中でも、消費税についてはあらかじめ把握しておいた方が良いポイントがあります。

棚卸資産の算出

棚卸資産とは、在庫、原材料、事業活動のために使用する消耗品など企業の営業活動に直接的に結びつく資産のことです。一時的に保管しているもののみが棚卸資産に該当するので、長期保有するような資産は棚卸資産には該当しません。

そして棚卸資産はM&Aが確定する最終日まで価格が変動します。棚卸資産の価格が確定しないということは、消費税も確定しないということです。最終日までは概算での把握になります。

のれん代の金額

のれん代も消費税の課税資産に含まれます。そのため、のれん代が大きい場合は消費税の額も大きくなるということです。M&Aにおけるのれんは実態がないものですが、高額になるケースも少なくありません。

M&Aを事業譲渡で行う際の仕訳

事業譲渡によってM&Aを実施した際の仕訳について、売却側、買収側それぞれ解説します。

売却側の仕訳

売却側は、譲渡資産と負債が消滅すると、売却対価との差額は売却損益として処理されます。具体的な仕訳としては以下のようになります。

借方

貸方

譲渡負債(簿価)

譲渡資産(簿価)

現預金

譲渡益

借方と貸方の合計は当然同じ数字になります。そのため、譲渡負債と現預金を合計し、譲渡資産と相殺した金額が譲渡益です。

買収側の仕訳

買収側は引き継いだ資産、負債を時価計上します。差額は正ののれんか負ののれんで処理します。具体的には以下のようになります。

借方

貸方

譲受資産(時価)

譲受負債(時価)

のれん

現預金

譲受負債と現預金の合計と譲受資産を相殺し、差額がのれんになります。譲受資産の方が大きい場合は、貸方側に負ののれんが入ります。

事業譲渡のM&A事例

次にM&Aの事例をご紹介します。

ブルケンとイタヤ、コスモランバーとの事業譲渡

2023年6月23日、株式会社ブルケンが株式会社イタヤ、有限会社コスモランバーから事業を譲り受ける形で事業譲渡契約が締結されました。もともとブルケンはイタヤとコスモランバーの連結子会社です。つまり、連結子会社に対して事業を譲渡したということです。

イタヤは東京地方裁判所へ民事再生手続きを申し立てており、今後民事再生が行われる予定です。事業譲渡の理由は明記されていませんが、事業に行き詰まっており、信用低下や担保権が行使されるのを回避するために事業譲渡を行ったと想定されます。

データセクションとThe ROOM4D、The ROOM Doorとの事業譲渡

株式会社ディーエスエスは2023年9月1日にThe ROOM4D株式会社とThe ROOM Door株式会社からそれぞれ事業を譲り受けました。事業譲渡を実施した理由は、平たく言えばシナジー効果獲得です。

株式会社ディーエスエスはAI関連の開発に強みを持つ企業です。The ROOM4D株式会社はデータ分析、The ROOM Door株式会社はSES事業とそれぞれ異なる強みを持ちます。株式会社ディーエスエスが2社から事業を譲り受けることで、技術領域の拡大、技術の組み合わせによる新技術の開発、販路拡大などを狙うことが可能です。

シンメンテホールディングスと日菱インテリジェンスとの事業譲渡

2023年6月28日、シンメンテホールディングス株式会社は日菱インテリジェンス株式会社からM&Aによる事業承継によって業務用エアコン洗浄ロボット事業を譲り受けることを決定しました。

シンメンテホールディングス株式会社と日菱インテリジェンス株式会社は以前から業務用エアコン洗浄ロボット事業の共同推進を行っていました。今回の事業承継ではシンメンテホールディングス株式会社が子会社を新設し、その子会社が業務用エアコン洗浄ロボット事業を譲り受けます。

リズムと翔栄との事業譲渡

リズム株式会社は2023年6月26日開催の取締役会で、新会社の設立と企業の譲受を決定しました。譲受先の企業は株式会社翔栄、譲り受ける事業の内容はタッチパネル、ヘッドアップディスプレイなどの車載関連製品などの開発、製造、販売です。

株式会社翔栄はマスク製造事業のみを自社に残し、他の事業はすべて譲渡しました。リズム株式会社が事業譲渡を実施した理由は、株式会社翔栄が築き上げてきた取引先との信頼関係、人材、ノウハウ、設備等の獲得、シナジー効果の発揮などです。

WeMadeOnlineとG・O・Pとの事業譲渡

株式会社WeMadeOnlineは、2023年8⽉1⽇付で株式会社G・O・Pに事業譲渡することを決定しました。株式会社WeMadeOnlineが譲渡する事業は、⽇本国内オンラインゲームサービス、パブリッシング運営事業です。

譲渡するサービスは、オンラインゲームポータルサイト「GAMEcom」、PCオンラインゲーム「R.O.H.A.N.Revision」「ソウルワーカー」「SiLKROAD Revolution」「新⽣R.O.H.A.N」です。

事業譲渡のM&Aまとめ

事業譲渡はM&A手法の一種です。株式譲渡や他のM&A手法と重複する部分もありますが、事業のみを切り離して譲渡できる点や、対価が現金のみである点などが大きな特徴です。また事業、資産、負債などを個々に契約していくので、手続きが煩雑というデメリットがあります。

事業譲渡は類似する企業間、グループ企業間、従来から業務提携など関係のある企業間で行われることが多いです。M&Aは全般に時間がかかるので早めに着手する必要がありますが、事業譲渡は特に手続きが煩雑なため、早い段階から着手することが重要です。まずはM&A仲介会社に相談することをおすすめします。

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